ビジネスは世の中の変化を映す鏡です。社会のしくみや暮らし方、生活者のニーズの変化に応じてサービスや製品のあり方も変わっていきます。 このコーナー「変わるスタンダード~モノ・コトのあり方を変える企業~」では、マーケットの変化を敏感に察知して、新しいプロダクトやサービスを提供している企業を取材。その狙いや背景にある世の中の変化を描きます。

だれも答えを持っていない時代だからこそ、「決める力」が求められる。ーDeNA 瀬川翔さん

「モバゲー」や「横浜DeNAベイスターズ」で知られるDeNAはゲーム、スポーツなど主にエンターテインメントの分野で活躍している企業グループ。しかし実は、2014年からヘルスケアの事業分野にも進出し、消費者向け遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」や、健康増進支援サービス「KenCoM(ケンコム)」など複数のサービスを展開しています。

エンターテインメントと、ヘルスケアは一見大きく異なる事業領域に思われますが、なぜヘルスケア事業に参入したのか?既存の競合企業に対してどういう強みや違いがあるのか?ヘルスケア事業本部本部長の瀬川翔さんに話を伺いました。

はじまりはひとりの思いから。同じ思いが集まってヘルスケアという新領域へ。

ーエンターテインメント企業である御社が、なぜヘルスケア事業に参入されたのでしょうか?

瀬川さん:きっかけは個人の思いからなんです。弊社会長の南場が、病気になった家族の看病のため事業の一線から退いていた時期がありました。後に復帰した際、その経験から、DeNAとしてもヘルスケアの事業領域で貢献できることがあるんじゃないかと声を上げたことがきっかけの一つでした。

でも決して南場ひとりだけの話ということではなく、社内でも「私もヘルスケアがやりたい」というメンバーが何人も出てきまして、そうした個人の思いが磁石のように集まって、ヘルスケア事業は立ち上がりました。

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ーDeNAの創業者である南場智子会長は敏腕経営者として著名な方ですね。ご自身の体験をきっかけとした思いで、まったく違う領域の新事業を立ち上げてしまうのはすごいと思います。

瀬川さん:DeNAも元々はエンタメの会社でなく、eコマースの領域から始まっています。当社のミッションは「Delight and Impact the World(世界に喜びと驚きを)」、ビジョンは「インターネットやAIを活用し、永久ベンチャーとして世の中にデライトを届ける」なのですが、これらに沿っていれば、事業領域を限定することはないと考えています。ただDeNAとして何を狙いとするのかというコアな部分は大事ですから、ヘルスケアにおいてもそこの議論はかなりなされた上で、事業化していきました。

現状は病気をケアするSickケア。本当のHealthケアを追求して医療費を下げていきたい。

ーそのあたりの議論について、もう少し詳しくお話いただけますか?

瀬川さん:まず、事業立ち上げの根底にある意識として、既存の医療やヘルスケアにはいくつも課題があると考えました。
1つは、現状は病気になってからそれをケアする「Sickケア」になってしまっていること。これを、病気を予防し健康をケアする「Healthケア」に比重を変えていきたい。
2つ目に、情報がとても偏っていること。現状では患者さん、あるいはヘルスケアに取り組む個人と専門家の先生方の持っている情報の格差が大きくあります。ですから何事も先生の判断にただ従うしかない。もっと個人の側に情報が提供されるべきだと思います。
3つ目は、社会的な問題になっているように、増加し続ける医療・介護費の負担の大きさです。これを少しでも下げられるような取り組みができないか。

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瀬川さん:じゃあ我々DeNAにできること、してきたことは何かというと、お客様にサービスを楽しんでいただくこと。当社のビジョンと重ねると「インターネットやAIを活用し」、「デライトを届け」ながら、結果的にお客様の行動を変えていくことなんですね。

例えばゲームだと無料で始めていただいて、楽しんでいただけた結果、追加でアイテム等を購入していただき、さらに楽しんでいただくとか。横浜スタジアムにあまり女性は足を運ばなかったのを、どういう体験を提供すれば、女性が野球を見に来てくれるのか分析し、新しい体験を提供して、その結果多くの女性に野球場に足を運んでいただけるようになった。そういったことです。

エンタメで培った手法やノウハウをヘルスケア領域に。

ーエンタメやサービス分野でのそうしたノウハウの蓄積こそ、DeNAとしての強みだということですね。

瀬川さん:はい。この我々の強みやノウハウを、ヘルスケアの分野でどう活かすか。医療費が非常に高いという現状がありますので、やっぱり我々はサービスを通じてデライトを届ける、利用者はそれを楽しむ。そうしながら結果として利用者の行動を変えて健康寿命を延ばし、医療費を下げていく。こういう風にサービスを展開していければ、それは我々らしいヘルスケア事業になるだろうという風に考えました。

それからもう一つ大事なのは、データとエビデンス(証拠・根拠)です。それまでも例えば運動量とゲーム要素を組み合わせたような、運動の動機付けを狙ったサービスは存在したんですが、それで本当に利用者が健康になったのか、医療費が下がったのかが誰にも分かってなかったんですね。これでは真の意味での課題解決につなげられているのかという議論が社内であり、サービスを使っていただくだけでなくその結果「本当に利用者の方が健康になったのか・医療費が下がったのか」まで事業として追いかけたいという想いで取り組んできています。

利用した人がより健康になっている──DeNAのヘルスケアサービスの成果。

ー確かに既存のヘルスケアアプリは、運動量の記録を残すまでで、病気のリスクや医療費との関連までは教えてくれないですよね。

瀬川さん:ええ。でもこの部分はヘルスケアをやる以上は、とても大事なところです。なんとなくそれっぽいヘルスケアアプリを作って、ただ使ってもらうだけでは意味が無い。

じゃあデータって何がある?というところで目を付けたのが、人間の根幹の部分ということでの遺伝子情報です。これは消費者向けの遺伝子検査サービス「MYCODE」として事業化していきました。「MYCODE」により、遺伝子情報から体質や病気の遺伝的傾向を知ることで、利用者の日々の病気予防につなげていただくようにサービス設計をしています。

それ対して、現時点の健康状態や行動情報をお伝えするのが「KenCoM」です。健康診断の検診データや、日々の歩行量や飲酒・喫煙量、血圧といったライフログ情報、いつどんなことで病院に行って、どんな薬を飲んだか、医療費はどれくらいかといったレセプトデータなどと連携して、健康支援を行うサービスとして「KenCoM」を立ち上げました。

様々な病気の遺伝的リスクが分かる。遺伝子検査サービス「MYCODE」。

ー2つのサービスが両輪となって、DeNAのヘルスケアサービスを形成している訳ですね。「MYCODE」について、もう少しお聞かせいただけますか?

瀬川さん:はい。「MYCODE」は、当社のヘルスケア事業の初期からあるもので、日本の消費者に向けた遺伝子検査サービスです。ネットで申し込みができて、自宅に送られる検査キットで唾液を送ることにより、がん・糖尿病・高血圧などの病気の遺伝的な発症リスクや、血圧、肌質、髪質、などの体質の遺伝的傾向について検査することができます。結果はいつでもPC・スマートフォンで確認できるほか、新しい論文の発表等に基づいて、随時検査結果がアップデートされるところも特徴です。

ーそんなに手軽に自分の遺伝子を調べてもらえるのは驚きですね。医学の進歩もここまで来たのかという印象です。

瀬川さん:そうですね。ただ、我々としては、遺伝子検査がやりたかったというよりも、ゲノム情報という根幹からしっかり自分を知っていただいて、そのうえで行動を変えていただくことが目的です。実際に「MYCODE」の結果を知ることで、運動などの健康予防活動を行っていなかった人の約4割が食事の栄養バランスに配慮するようになったり、約3割の人が運動を始めたというデータがありまして、その結果を大事に考えたいですね。

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