2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」。それから、約三年の時を経た現在、SDGsは私たちの身の回りの生活、あるいは、ビジネスにどのような影響を及ぼしているのでしょうか。社会や企業の意識・行動の変化から、世の中の潮流を読み解きます。

「well-being」〜誰もが心豊かに暮らしていける環境を作っていく 武田薬品工業 コーポレート・コミュニケーションズ&パブリックアフェアーズ CSR ヘッド 圭室俊雄さん

SDGsに注目する連載第3弾では、日本有数のグローバル企業 武田薬品工業にフォーカス。医薬品を通じて私たちの健康に貢献する製薬会社は、CSRにおいても、大きな力を発揮しています。今回は、コーポレート・コミュニケーションズ&パブリックアフェアーズ CSR ヘッド 圭室(たまむろ)俊雄さんに、SDGsに対する姿勢やビジネスとの関係性、社内のユニークな取り組みに至るまで、じっくりとお話しいただきました。

社会のなかに顧客がいる

ーはじめに、「世界で最も持続可能な100社」(コーポレート・ナイツ社)に3年連続で選出されている御社が、CSRに注力されている背景についてお伺いできますでしょうか。

圭室さん:そもそも当社は、人間の命に関わる製薬企業ですから、CSRを考えるのは自然な流れだと考えています。「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」というミッションを掲げている私たちには、237年の歴史のなかで紡ぎ出されてきたタケダイズム(誠実:公正・正直・不屈)の価値観が根付いているわけです。

たとえば、2009年度に立ち上げた「タケダ・ウェルビーイング・プログラム」では、特定非営利活動法人市民社会創造ファンドとともに、長期にわたり病気療養する子どもとそのご家族をサポートするための支援プログラムを行なっています。

そして、当社がより大規模に企業市民活動のアクションに取り組む大きな契機になったのは、2011年に起こった東日本大震災でした。私たちは、震災発生当初から、10年間継続的に支援することを明言し、現在に至るまで、長期的な取り組みを計画的に実施しているという状況です。

ー御社の歴史や企業理念に加えて、震災の影響もあったのですね。

圭室さん:ええ。さらにそれを加速させたのが、2014年、フランス人のクリストフ・ウェバーが社長に就任した際に発表した4つのバリューでした。

一番に「Patient」、次に「Trust」、「Reputation」そして最後に「Business」。つまり、私たちが、「患者さん中心」「社会との信頼関係構築」「レピュテーションの向上」「事業の発展」という優先順位で活動していくことを宣言したわけです。このなかで「Business」は最後です。彼の打ち出した方針は、会社に大きな影響をもたらしました。

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ーそして、2015年には国連総会でSDGsが採択されました。どのような変化がありましたか?

圭室さん:SDGsが設定されたことで、私たちの活動が非常にわかりやすく整理できたと感じています。それまでは、事業活動とCSRは、ともすれば会社のなかで別の方向を向きがち、もしくは別の方向として捉えがちでした。

そうしたなかで、SDGsは「社会のなかに顧客がいる」ということに気づかせてくれた。つまり、両者のベクトルが、同じ方向を向くきっかけになったのではないか、と社内ではディスカッションしています。

ー御社がSDGsのなかでとくに注目しているゴールはありますか?

圭室さん:SDGsの17つあるゴールのなかで、私たちがもっとも意識しなければならないのは、ゴール3の「Good health and well-being」です。日本語では、「すべての人に健康と福祉を」と訳されていますが、「well-being」を日本語で端的に表現するのは難しいので、社内では日本でも英語表記にしています。

ご自身やご家族が病気の方や、なんらかの理由でご家族や大切な人を亡くされた方、あるいは、ハンディキャップのある方でも、誰もが心豊かに暮らしていける環境を作っていくことこそが、「well-being」なのではないか。当社としては「誰もが心豊かに暮らすこと」だと解釈し、非常に大切な言葉だと考えております。

ーなるほど。

寄付先のCSRプログラムを従業員投票で決定

圭室さん:そして、もう一つ重視しているゴールが、17番目のパートナーシップです。その重要性は、企業市民活動でもビジネスでも同様です。製薬会社は、かつて薬の研究・開発を一社で完結して行っていましたが、近年では、それが難しくなっています。新薬の研究開発コストや時間を考えると自前だけでなく、さまざまな技術やノウハウを保有する方々とパートナーシップを組み、オープンイノベーションで価値を生み出していくことが重要なのです。

CSR活動においても、当然、マルチステークホルダーとつながっていく必要があります。経団連や経済同友会といった経済団体、国連グローバル・コンパクトなどの国際イニシアチブ、さらに、日本NPOセンター、中央共同募金会、企業市民創造ファンドといった中間支援組織、NGOやNPOの人々、労働組合、あるいは、ESG投資に関連した株主や投資家。もちろん、社内の組織や従業員も含め、マルチステークホルダーで取り組んでいくということを強く意識しております。

ーSDGsに関連して、具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか?

圭室さん:たとえば、「グローバルCSRプログラム」が挙げられます。疾病予防に注力し、途上国の人々の健康に貢献したいという思いで実施している活動で、2016年以降毎年、グローバルに活動するNGOのなかから3団体を従業員投票で決定し、1団体につき数億〜10億円規模の寄付を行なっています。

選考の流れとしては、最初に私たちCSRチームが、様々なNGOとディスカッションして、「予防」をキーワードにプログラムをご提出いただきます。そのなかから7案程度まで候補を絞り、従業員による電子投票を実施、上位3プログラムに決定するという仕組みです。

ー支援額も大きいですが、御社のような社員数も多くグローバルな会社で従業員投票を行うのは大変なことですよね。

圭室さん:従業員投票は、ウェーバー社長の発案でした。従業員が、こうしたCSRの取り組みに当事者として参加してほしい、という強い思いがあったのです。私たちCSRチームとしては、なるべく多くの従業員に投票してもらうために、資料や投票用画面は10ヶ国語に翻訳していますし、応募団体の方々にも、当社の従業員向けに、なるべくわかりやすいシンプルな一枚のプレゼンテーションを作っていただくようご協力いただいております。

今年の投票者数は、11,100名ということで、嬉しいことに、グローバルの全従業員のうち約40%に上りました。昨年度は、8,400票でしたから、30%以上の伸び率です。社内の認知を上げるために、社内コミュニケーションチームと作戦を練って様々な施策を実行した結果、ここまで投票数が伸びたので、私たちとしても非常に手応えを感じましたし、何より、発案者である社長が一番喜んでいました(笑)。

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ー社員が投票すること自体に大きな意味があるように感じます。

圭室さん:まさに、私たちもそこを意識しています。今年2月には、採択プログラムの一つである国連財団の取り組みが行われているラオスへの従業員による視察を企画しました。

参加者を公募したところ、想定をはるかに超える130名以上の社員が手を上げてくれました。そのなかから、志望動機のエッセイとメンバーのダイバーシティを基準に、国籍も、働く地域も、所属部門もバラバラという選ばれた10名の従業員がラオスを訪れました。現地では、国連財団や国際組織の方、さらに、現地の裨益者の方とのディスカッションも行いました。

ー参加された皆様にとって、貴重な体験になったでしょうね。

圭室さん:私たちにとって、こうした試みが成功だと感じられたのは、第一に、選抜された従業員たちが、武田薬品の「患者さん中心」という考えを現地で直接体験できたことです。

医療現場から離れた、たとえば、人事やITシステム部門の社員たちは、社長がどれだけ「患者さん中心」と言ったところで、普段はなかなか実感できないわけですが、自らが投票したプログラムが行われている現地を訪れ、彼らの活動を目の当たりにしたことで、「従業員としての誇りを感じられた」と語ってくれました。

その結果には非常に満足しています。また参加者は、自身の職場に戻ったときに、その経験を同僚に共有するSNSで社内外にシェアしてくれました。そうすることによって、武田薬品のレピュテーションに貢献してくれたことも大きな成果であったと感じています。

事業の継続自体がCSV

ーさきほどの教えていただいた御社の4つのバリューのなかで、「Business」は、最後に位置付けられていました。いま挙げていただいた社会貢献やSDGsへの取り組みとビジネスの関係について、御社はどのようにお考えなのかお伺いできますでしょうか?
第一弾で取材したCSR / SDGコンサルタントの笹谷秀光さんは、社会貢献とビジネスを両立させること、つまり、「CSV (Creating Shared Value)」の大切さを強調しておられました。

圭室さん:製薬会社でCSVという言葉を前面に打ち出している企業は、私たちが認識している限りでは無いと思います。製薬会社は、病気や怪我で苦しんでいる人々に対して薬を提供することをビジネスにしています。つまり、製薬会社は、事業継続そのものがCSVと言えるのではないでしょうか。

そのなかで、ビジネスとして行なっていることと、それ以外のフィランソロピー(慈善活動)のアクションがあるということだと思います。そういった事情から、CSVについて、私たちは特別に意識していない、というお答えが正直なところかもしれません。

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ーたしかにそうですね。それでは、CSRにまつわる活動についての発信方法についてはいかがでしょうか? 笹谷さんは、日本に根付いている「隠匿善事」ではなく、どんどん発信すべきだとおっしゃっていました。

圭室さん:当社でもかつて、「隠匿善事」と同じような意味をもつ「陰徳陽報」という言葉が大切にしていた時期がありました。たとえば、2004年に新潟中越地震が発生したときのことです。

当社は、現地のニーズを伺ったうえで、市販の総合感冒薬を支援物資として届けました。現在であれば当然、プレスリリースを配信するところですが、当時は何の情報発信もしませんでした。まさに、日本古来の「陰徳陽報」「隠匿善事」という方針だったわけです。

現在のようなグローバルな企業環境になってからは、自分たちの考えや行動をわかりやすく発信していくことが大切である、と認識が変わり、プレスリリースやWebサイト、SNS、こうした活動をまとめた『Sustainable Value Report』といった形で発信しています。

ーそれでは最後に、これから御社が目指していく方向を教えてください。

圭室さん:私たちは、「ビジョン2025」という目標を掲げています。
「タケダは、世界中のあらゆる人々のニーズに貢献しています。タケダイズムを通じ、社会やタケダの医薬品を必要とする方々からの信頼を得ています。機動性とイノベーション、さらに高い品質に支えられ、強固なパイプラインのもと成長し続けるベスト・イン・クラスの製薬企業として認められています。」

私たちは、2025年までに達成すべきゴールとして、事業もCSRもすべてこのビジョンに向かって進んでいるわけです。これを目指すことが、結果的には、SDGsへの貢献にも繋がることと信じています。

ーありがとうございました。

SDGs 基礎用語解説

【ESG投資】
ESG投資の「ESG」は環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字です。従来、投資先の判断基準は企業の財務情報でしたが、近年はそれらに加え例えばその企業の地球温暖化対策や女性従業員の活躍具合などといった要素を考慮した投資が行われており、これらをESG投資と呼んでいます。

【MDGs】
2000年に開催された国連ミレニアム・サミットにて採択された「国連ミレニアム宣言」をもとにまとめられた21世紀の開発分野における国際社会共通の目標(Millennium Development Goals: MDGs)」のこと。極度の貧困と飢餓の撲滅など,2015年までに達成すべき8つの目標を掲げ,その内容は2030アジェンダ(2030アジェンダ)に引きつがれています。

【CSR】
CSRとは”Corporate Social Responsibility”の略称。企業が利益の追求だけでなく事業活動を通して、社会に貢献する責任のこと、企業の社会的責任を意味します。企業として自社の利益を最大化することとあわせ、さまざまなステークホルダーや社会の利益を考慮した活動していくこと。