“何かに憧れる”という気持ちは、人が成長し続ける上で欠かせない感情だそうです。
みなさんも、憧れの存在という人物が一人はいるのではないでしょうか。
では、周りから見るとすでに完成しているような、一目置かれるスゴイ大人たちは、一体どんな人に憧れているのでしょう?
そんな、憧れの人が憧れる人の話、聞いてきました。

「自分の力で生きる」ことの大切さを教えられた ― 元陸上競技選手 為末 大さん

為末大さんは、2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京と3大会連続でオリンピックに出場した元陸上選手。スプリント種目の世界大会でメダルを獲得した初の日本人選手であり、400メートルハードルの日本記録保持者です(2018年9月現在)。現在は、株式会社Deportare Partnersの代表を務め、Sports×Technologyに関する様々なプロジェクトに取り組んでいます。そんな為末さんがある女性の存在無くして、ご自身の今を語ることはできないと言います。その女性とは一体どなたなのでしょう……。

キーワードは“おこがましい”。わが家の教育方針は特殊でした。

画像

ー憧れといえば、やはり陸上選手ですか?

為末さん:単純に憧れといえば、小さい頃はカール・ルイス(※①)が好きだった。当時、カール・ルイスは世界で一番足が速かったので。

でも、自分の人生観に大きな影響を与えた人ということでいえば、母親の存在が大きいと思います。もちろん、当時は憧れるって感覚は全然ないですが。

(※①)フレデリック・カールトン・ルイス(1961.7.1—)。アメリカの元陸上競技選手。1979年から1996年のアトランタ五輪終了までにオリンピックメダルを10(内、金メダル9つ)と、世界選手権メダル10(内金メダル8つ)を獲得した陸上競技界のスーパースター。

ー誰もが少なからず親御さんの影響を受けると思いますが、敢えてお母様を?

為末さん:うちの母親は、“親子とはいえ二人とも他人なので、相手の人生に介入するなんて、親が子どもの人生を決めるなんておこがましい”という考えがあったようで。

「こうしなさい」はもちろん、「こうしたらいいわよ」もない。普通に叱るとか、「これをしてはいけません」はあったんですけど。だから放任主義とはちょっと違いますね。今風に言うと「自分の人生を自分で決める」という場面が、僕の人生のすごく早い段階で訪れたわけです。それがあったからこそ、僕の競技人生はある意味成功したって感じですね。というのも僕の場合、高校や大学へ進学する際もシンプルに、「どこへ行けば自分が陸上選手として伸びるのか?」っていう基準だけで決めることが出来たから。

ーー般的に中学生や高校生だと親御さんの意見が影響しそうですものね。

為末さん:実業団を辞めてプロ選手になった後、指導者に頼ることなく競技生活を送ることができたのも、「自分の人生を自分で決める」という感覚が備わっていないと難しかったと思います。

同じように引退後、違う人生を歩む時も、どのように生きていくべきか戸惑う選手が多い中で、僕は誰に頼るでもなく自分自身で決断することができた。

画像

ーすべてはお母様の教育方針のおかげだと。

為末さん:それが大きいと思いますね。それともうひとつ、僕は他人との距離の取り方が比較的上手なほうだと思っているんですが、それも幼少期の経験が生きている気がします。「私とあなたは違う」という確固たる前提があると言ったらいいんでしょうか。

たとえば、他人に対して自分が腹を立てる時って、「どうしてあなたは私と違うの?」「私と同じように考えられないの?出来ないの?」ってところから苛立ちや怒りが来ると思うんですけど、僕の場合「私とあなたは違う」という最初の切り離しが強くあって、客観的になっていることが多いんです。そこは母親の影響を多分に受けている気がします。

ー「私は私、あなたはあなた、私があなたの人生に介入するわけにはいかない」という。

為末さん:こういう話をすると美談になりがちですが、裏を返せばすべては自己責任、何かあっても人に文句を言えない、責任を転嫁できない生き方を仕込まれたわけです。

たとえば、友人と食事に行って、うどんか蕎麦かを迷った時に友人が「蕎麦にしたら」とすすめてくれたとします。友人の言う通り蕎麦を頼んで、もし蕎麦がまずかったら、「ここの蕎麦、まずいじゃん」って文句を言えるじゃないですか。でも、自分で選んだら、人に文句を言えないわけです。

だから、大学に行って記録が伸び悩み、スランプになって母親に愚痴をこぼしても、母はニコニコしているだけなんです。

ただしばらくすると「そういえばそうでした。大学に進学して陸上競技を続けることも、進学先の大学もすべて私が決めたことですね」って自分で気付く……。そういう環境に早い段階で身を置くことができたっていうのは大きかったと思いますよ。

思い通りにやりたかった。だから自分でやるしかなかった。

画像

ープロの陸上選手になった後、為末さんがコーチをつけなかったのはなぜですか?

為末さん:自由を大切にしたかったというか、「自分の人生は自分が決めて、自分でやっていくんだ」っていう感じで、他者の介入がすごく嫌だったんです。途中から心理学に興味持ち始めたのも自我意識を理解したいと思ったからですし、客観性をもって自分自身をトレーニングしたいと考えたからだったと思います。

また、プロの選手は負けると自由が失われていくんですね。それは単純に金銭的な余裕が無くなり、いろんな選択肢が無くなるから。

だから自由を失いたくなければ、とにかく自分が走り続けなければいけない。それが僕にとってやりたいことだったし、それを自分の思い通りにやりたかったので。自由を保つためにやらなきゃいけないっていうのは、すごく強かった気がしますね。コーチが居る、居ないというよりも自分でやることが大事だった。

ー振り返ると、為末さんは他の日本人選手よりも結果を残しましたよね。

為末さん:コーチがついてたら、もっと行ったかなっていうのもあるんですよ。

正確な表現をすると、自分の選択は失敗だったかもしれないけど、面白かったなって感じですね。もっと高いところに行く直線的な方法があったかもしれないけど、「この道を通らなかったら、あの風景は見られなかったしな」とか、そういう気分ですかね。

たとえば、アメリカに住んでいる時にグランドキャニオンに行ったことがあるんですけど、もしヘリコプターで目的地までサクッと到達してしまっていたら、あの景色を見てもあまり感動しなかったんじゃないかなって思うんです。

グランドキャニオンまで行く途中にカジノがあって……とか、モーテルで夜中に叩き起こされてみたいな、そういうことが全部セットでグランドキャニオンの旅だったんじゃないかなって気がしていて。

ーたしかに結果だけではすべてを語れませんね。

為末さん:僕ら選手は引退すると、一番高いところにたどり着いたことから競技人生を語りがちなんですけど。実は、幾度となく悪戦苦闘したプロセスもひっくるめて面白かったなって感覚があるんです。

どこまで行くか、どの地点を目指すのかってことも大事ですけど、そこに向かう途中の、紆余曲折を楽しむことはもっと大切なんじゃないかっていう。

ある意味、死ぬ時が到達点だとすると、人生そのものが全部道中みたいなものじゃないかって気がするんですね。この道中で、いかにアップダウンがあって、ややこしいことがいろいろありながら豊かになるかってことが、人生の面白さなんじゃないかなってね。

画像

自分で自分の殻をぶち破るエネルギーを蓄えてほしい。

ー最後に、学生に向けて人生を豊かにするためのアドバイスをいただけますか。

為末さん:最近感じているのは、今の若い人が両親や先生、上司、先輩から「こうすべきだ」とか「これが大事」とか言われると、その言葉に従って、自分で自分に枷(かせ)をはめることが多いんじゃないかってことですね。そういう枷って他人じゃ外せないんですよ。卵の殻は内側から破るしかない。

それと同じで、僕らもコーチが導いてくれる正しい道を歩いていても、“やらされている感”が拭えないこともあるし、エネルギーは消費するばかりで溜まってこない。むしろ、正しい道じゃないかも知れないけれど、「自分の人生を生きているんだ」って実感した時に、自分で殻をぶち破るエネルギーが溜まる気がしていて。

画像

ー教わってばかりだと生きるエネルギーが湧いてこない?

為末さん:必ずしもそんなことはないんでしょうけど、実際にやりながら、だんだん学習しながら、「こうやったらうまくいくんだ」って体得するスタイルのほうが、自分で主体的に取り組んで成功体験を重ねたほうがモチベーションはあがりますよね。

競技人生も、やればやるほど自分が「よし、明日も頑張るぞ」って元気になる生き方と、やればやるほど背中に背負い込むものが増えて、どんどん苦しくなる感じの生き方を、行ったり来たりするところがちょっとあって。

両方大事だと思うんですけど、僕は前者の生き方を好む人間だし、「よし、明日も頑張るぞ」って思える生き方をしている時の方が、人間は自分の力を思いっきり出せるんじゃないのかなと思います。

ーだからこそ、人に教えられた道より、自分で見つけた道を歩くべきだと?

為末さん:そうですね。ただ、二十歳前後の若い人たちが自分で考えて計画すると、どうしても過去の経験に縛られる。そのぐらいの年齢だと、もうちょっと外から来るものにヒョイっと乗っかって、外から自分がどう見えているかってことを感じ取るといったことを繰り返していったほうがいいんじゃないかと思ってます。そうすると、どんどん経験の幅が広がっていって、そうなると自己像が変わりますからね。

ー自己像が変わる?

為末さん:自分が何者であるかっていうは、これまでの人生で出会った人たちの平均値に対して、自分がどこらへんにいるかってことを、自己分析で話しているだけなんですよ。そこへ、たとえば外国人を一人加えると平均値は大きく変わり、自己分析はすごくズレてくる。

ーよく“自分の棚卸し”をして、「自分を変えなきゃ」って思う学生がいます。

為末さん:実家で家族と暮らし、大学に行って仲間と楽しい時間を共有する日常の中で、自己分析は変化しないですよね、毎日同じ顔ぶれだから。けど、会う人の種類を増やしていくと自然と自分自身の分析が変わっていきます。

あまり考えずに外から来るものにヒョイっと乗っかって、いろんなところに出かけて、いろんな人に会って、意外な体験をするっていうのは大事なんじゃないかなって気がしますね。日常の中で自分を変化させようと考えるよりもね。

画像

ーなるほど。今回はすべての話が学生が前に進むための大きなヒントになると思います。ありがとうございました!