ちがう世代からの見られ方を知る。
それって案外、同じ世代と話しているときよりも自分の強さとか弱さに気づかせてくれるものなのかもしれません。
「最近の若い奴らは・・」の言葉のもとに、大人たちがきみたちへ贈るエール、ぜひご覧ください。

走りながら考える!ー渋谷区長 長谷部健さん

長谷部健さんは、博報堂退職後、街のゴミ問題に関するNPO法人green birdを設立し、2003年に渋谷区議会議員に当選。現在は渋谷区長として、日本で初めて同性パートナーシップ証明書の発行を含む「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を施行したり、産官学民連携組織である「一般社団法人 渋谷未来デザイン」を立ち上げてオープンイノベーションを推進したりするなど、柔軟な発想力とスピーディな実行力で生まれ育った渋谷のために奔走されています。

「会社」「NPO法人」「議員」「行政」という4つの職場を経験するなかで、絶えず未来を見つめ続けてきた長谷部さん。そこには、常に自分に問い続ける姿勢と、どんなことにでもひとまず挑戦してみる軽やかさがありました。

会社に勤めながらも辞めた後のことを考えていた20代。

ー「最近の若い奴らは」と聞いて、まず最初にどんなことを思い浮かべましたか?

長谷部さん:自分の20代前半は、がむしゃらに仕事していろんな経験を積んでいた時期でした。今思うと、その頃仕事を教えてもらった30〜40代の人たちのことはすごくおじさんに見えていたので、「自分も彼らから見たら、もう立派なおじさんになったんだな」と感じます(笑)。

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ーやはり、がむしゃらに仕事をされていたんですね。ただ、今だと「がむしゃらに働き過ぎるな」という世の中の空気もありますよね。

長谷部さん:もちろん、休みと仕事のバランスは取らなきゃいけないですよね。でも、やりたいと思っていることがある場合、突き詰めてやったほうがよい時期もあるのではないでしょうか?

僕の仕事は24時間休みなく気を張っているので良い意味で公私混同できてないと務まりません。もちろん、行政に携わっている身なので公と私にしっかりと線を引かないといけないところはありますが、公務で運動する場面があれば、一緒になって真剣に体を動かすし、子供たちや高齢者の方々の発表会に行くことがあれば、心から楽しむようにしています。「公私混同」というと悪い言葉に聞こえるかもしれませんが、やりたいことと仕事が混ざっていたら最高に楽しいですよ。

ーそうかもしれないですね。区役所で一緒に働いている20代の方々を見て思うことはありますか?

長谷部さん:本当によくやっていると思いますよ。ただ、目の前のことをがむしゃらにやると同時に、「将来のことを、わからないなりに考える」ということも必要だと思います。

僕の場合は会社に入ってから辞めるまでの7年間ずっと、「辞めて、何をする?」という話を会社の同期としていました。たとえば、「独立してクリエイティブエージェンシーをつくろう」とか「プロデューサーとして生きていきたい」みたいな話をポジティブに。きっと、誰かに話すことで、わからないなりに先のことを考えていたんだと思います。

人によっては、本を読んだり、映画を見たりすることで考えるタイプもいると思いますが、僕は話を聞いてもらうことで考えを整理すると同時に、次の一歩を踏み出す勇気ももらっていたのかもしれませんね。

ー最初の会社に就職したときから、自分の将来について、考え続けていたんですね?

長谷部さん:そうですね。会社員時代は「区長になりたい」なんてことは一度も考えたことはありませんでしたが、「将来、プロデューサーとして生きていこう」という考えがあったからこそ、区議会議員になる機会をいただいた時、「ソーシャル(社会)のプロデューサーとして経験を積むのもいいんじゃないか」と思えたのだと思います。

将来のことは誰にもわからないし、自分自身の思い通りになることなんて少ないだろうけれど、常に考えておくことで自分の人生がそっちの方向に導かれていくこともあるのではないでしょうか。

会社員時代に刷り込まれた思考を行政に。

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ーちなみに、20代を過ごした会社員時代はどんなことを学びましたか?

長谷部さん:博報堂にいた時は営業をやっていました。広告代理店の営業と聞くと、得意先を説得する仕事のように思う人もかもしれません。しかし、同じチームにいるコピーライターやプランナー、マーケッターなどのクリエーターのほうが説得は上手ですから、僕はそのチームを上手に組織する役割に回っていました。今、考えれば、お客様を説得するより、チームの中でアイデアや考えをまとめることのほうが大変だったなと思います。

そう思うと、20代の頃は合意形成の重要性やプロセスを学んだと言えるかもしれませんね。

ー現在の行政の仕事では、より合意形成の難しさがありそうですね。広告代理店での経験は、議員や行政の仕事の中ではどのように活かされていますか?

長谷部さん:たとえば、最近の公園においては、木登りもキャッチボールも花火もできないところがほとんどです。どうしてそうなってしまったのかというと、「子供が木から落ちて、骨折したらどうするんだ」という苦情が行政に届くからです。

でも、もし僕が親だったら、自分の子供が木から落ちて骨を折っても、別に行政のせいだと苦情を言うことはないと思いますし、実際、僕と同じように思っている人がたくさんいると思いませんか。むしろ、苦情を言う人より、「公園ではもっと自由に遊べたほうがいい」と思っている人のほうが圧倒的に多いはず。

こういう場合、広告業界のマーケティング的には、苦情を言わない人たちのほうを「サイレント・マジョリティ」と呼ぶんです。そして、僕自身はこのサイレント・マジョリティの声なき声に耳を傾けることがとても大切だと考えています。

ちなみに、僕が議員になって最初に取り組んだ仕事は、渋谷はるのおがわプレーパークを作ったことでした。この公園は、何をしてもいいんです。子供たちはその環境でさまざまな生きる力を身につけていくことができ、今では渋谷区で1,2位を争う人気の公園になっています。まさに、サイレント・マジョリティの大きなニーズをつかんだ結果です。

だから、たとえば、古くなった施設を建て変える場合でも、現在の利用者の話を聞くだけでは不十分だと思うんです。今より利用者を増やしたいのなら、「今、来ていない人がなぜ来ていないのか」に思いを馳せなければいけません。

あと、区議会議員をやっていた時はクライアントが渋谷区、ターゲットが渋谷区民だと思って企画を考えていました。こうすることで通常の行政の仕事とは異なる柔軟な発想が生まれやすくなりました。振り返ってみると、広告代理店時代に刷り込まれたことが今でも結構、役立っていますね。

わからないことも、ちょっとやってみる。

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ー次は、最近の若者と“行政”や“政治”についてお話を伺いたいのですが……。たとえば、「若い人は選挙に行かない」といった話をよく耳にしますが、長谷部区長はどう思われますか?

長谷部さん:たしかに投票率を見ると、年齢が上がるとともに投票率も上がっていくと言われています。「自分が投票しても何も変わらない」と思っている若い人も少なくないのかもしれません。でも、国や自治体は、みんなが納めている税金で組織を運営しているわけです。つまり、若い人たちも含め、みんなが国や自治体を“支えている”んです。

そう思うと、「投票に行ってみようかな」と思う人もいるのではないでしょうか。それに、投票に行けば、「自分の投じた票の人、どうしてるかな」と気になってくる。行政や政治はよくわからないかもしれないけれど、少しずつ身近になってくるはずです。やらないのは、もったいないですよ。わかんなくても、ちょっとトライしてみることが大切だと思います。

僕自身の経験を振り返ってもですね。博報堂を辞めた後、地元である渋谷区の商店街で昔から行なっているゴミ拾いに参加するようになって、「もうちょっとコミュニケーションの仕方を変えれば若い人も集まるし、応援する人も増えるのに」と思うことがあったんです。

そこで、思い切って町会の方々向けに「商店街のゴミ拾いを、おしゃれなユニフォームを着て、カッコよく行うサークル活動のようにしませんか」と企画書を書きました。これが、今も続くgreen birdというNPOの始まりになったし、実際、ゴミ拾いをする人たちを増やし、自分たちの住む街の景色を変えることにもつながりました。よくわからなくてもチャレンジしてみると、それが自分を成長させてくれるチャンスになったりするんですよね。

でも、僕らの若い頃より、よっぽど最近の若い人のほうが意識は高いと思います。ボランティア参加率も増えていると思いますし、NPOを立ち上げるなど社会的起業をする人たちも増えているしね。何より、昔はボランティアしている人たちを見て「ああ、いいことしているな」と思うくらいだったのが、今はcoolになってきていますよね。“気軽に参加できる、ちょっとかっこいいもの”なっている。こういう良い流れは若い人たちがつくり、広げていっていると思います。

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ーたしかにそうですね。最後に、これから長谷部さんはどんなことをされていくのでしょうか、聞かせてください。

長谷部さん:渋谷はずっと“若者の街”と言われてきましたが、街自体は常に変わり続けているんですよね。僕も子供の頃からずっと渋谷を見てきましたが、絶えず景色は変わっていますしね。

ただ、その時代、その時代の若い人を惹きつけているっていうことは変わっていない。とくに、最近は日本国内だけでなく、さまざまな国の人たち、性別や年齢、趣味嗜好も含め、さまざまな考え方、生き方の人たちが集まる街になってきています。

こうした多種多様な価値観が混じり合い、渋谷ならではの新しい価値や文化が生まれていったらいいなと思います。そして、私自身も行政の人間として、渋谷で生まれ育った人間の一人として、できる限り、その背中を押し続けていくことができたらうれしいですね。

ー未来はわからないけどとりあえず全力で走ってみる。やりながら考えることが大切。そんなメッセージをいただけたように思いました。今日はお忙しい中取材をお受けいただきありがとうございました。

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