みなさんは、自分の将来を考えるとどんな気持ちになりますか?キラキラしている人の姿を見ては、何だか自分だけ置いていかれているような気持ちになるなんてことも・・・。
「29歳までの道しるべ」では、現在いろいろな舞台で活躍する大人たちを取材し、彼らの20代のお話を聞きました。
いまだからこそ言える“少しでも人生を前に進めていくためのヒント”です。

自分の可能性を信じ切るー猿田彦珈琲株式会社 代表取締役 大塚朝之さん

29歳の時、東京・恵比寿でわずか8坪のスペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」をオープンさせた大塚朝之さん。現在は都内に10店舗を構え、今年9月末には海外進出も実現しています。そんな彼は、15歳から25歳までは俳優をされていたという異色の経歴の持ち主。では、どのように俳優から転身を図り、現在にいたる道を切り拓いていったのか。大塚さんのこれまでの歩みについて、お話を伺ってきました。

~20歳 “口だけ番長”で、「自分は特別だ」と勘違いしていた

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ー大塚さんは15歳から俳優を目指したそうですが、きっかけは何だったのでしょうか。

大塚さん:中学最後の演劇コンクールに出演した時、母と先生がすごく褒めてくれて、「役者をやってみたら?」と薦めてくれたのがきっかけです。当時、不良少年の仲間入りをしそうだった僕に「何か夢中になれるものをさせなければ」という大人の配慮だったのですが、お調子者だった僕はその言葉を鵜呑みにし、すぐ同級生の母親が経営する芸能事務所に入りました。

ー自分なら、俳優になれると思ったわけですね。

大塚さん:そうですね。昔から“口だけ番長”みたいなところがあって。芸能活動を始めた瞬間から、周りに「アカデミー賞を獲る」と豪語してました。自信があったわけではないのですが、心のどこかで「自分は特別だ」と思っていました。今思えば、恥ずかしいくらいに調子に乗っていましたね(笑)。

最初は演劇学校へ通い、高2ぐらいからオーディションを受け始めました。落ちることも多かったのですが、それでも高3から大学1年くらいまでは月1回ぐらいの割合で仕事は入っていました。もちろん、自分で飯を食っていけるほどではなかったのですが。

ー当時のことで印象に残っていることは?

大塚さん:マネージャーが厳しい人だったので、生意気だった僕はしょっちゅうケンカしていました。でも、その厳しさは僕をちゃんと教育しようという“親心”みたいなものだったんだなと、経営者として人を育てる立場になった今、ようやく分かるようになりました。

20歳~22歳 無風状態の僕を救ったのはコーヒーショップのスタッフ

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ー20歳の頃、俳優のお仕事はどんな感じだったのでしょうか?

大塚さん:全然ダメでした。20歳の頃には本気で俳優になると決めていたのですが、その頃からオーディションに受けても受けても落とされて……。まさにエンドレスで就職活動をしているような感じ。どんなにあがいても頑張っても誰も認めてくれない。何も起きないという無風状態が本当にしんどくてつらかった。自分の存在価値って何だろうと思い悩むことも多くなって……。

「自分は特別だ」と思っていたのに、「あれ、特別じゃないな」と気づいたのもこの頃。「もっと早く気づけよ」って自分でも思いますが(笑)。その頃から、大学も行きたくなくて休みがちになりました。俳優をやっているのを知っている友だちに「次は何に出るの?」と聞かれるのがイヤだったから。精神的にかなり病んでいましたね。そんな、完全に心を閉ざしきった僕の拠りどころだったのが、スターバックスでした。

ースターバックスですか。そこでは何をしていたのですか?

大塚さん:スタッフと雑談です。話題はサッカーなどたわいないことばかり。将来や仕事の話は一切しませんでした。でも、それが逆に心地良かった。スタバでのひとときがまさに僕にとってリハビリでした。

当時、僕の相手をしてくれたスタバのスタッフには、人と違ったことをしたいという意識の人たちが多く、また、ホスピタリティーに溢れていました。そういう彼らにすごく救われた感があります。今思うとあの時に感じたホスピタリティー精神が、僕が後に開業する猿田彦珈琲の原点にもなっているような気がします。

そうした日々を過ごすうち、次第にこんなグダグダした気持ちのまま過ごすのは人生もったいないなと思えてきて、本来の自分を取り戻すことができました。それが22歳の頃です。

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ー20歳から22歳くらいまでの自分に対して反省することがあるとしたら、どんなことですか?

大塚さん:思い返してみると、何でもとりあえず頑張るのですが、最後は「まあ、どっちでもいいか」と考えてしまう自分の甘さ、弱さがあったなと。だから、オーディションも受からなかった。もう少しハングリー精神を持って挑み、そのつど自分に何が足りないのかを把握していれば、違った人生を送っていたかもしれないなと思います。

25歳~ 確実な一手がないのも実力不足ととらえる

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ーそして15歳から続けてきた俳優を、25歳で辞めています。大きな決断だったと思いますが、その理由を教えていただけますか。

大塚さん:麻雀などのギャンブル用語に「半ツキ」というのがあります。すごく良い手が揃っているのに上がれないことを意味しているのですが、この「半ツキ」が続くときは、勝負を諦めた方が良いと言われています。

僕がまさにこの状態でした。10年近く続けてきてうだつの上がらない時期も続いていましたが、それでもいくつかの映画やドラマに出演させていただき、僕をかわいがってくれる監督もいました。だから続けようと思えば、続けられたとも思います。実際、24歳の頃には映画主演などいくつか出演オファーもいただいていました。でも、いろいろな事情でことごとく話は立ち消えになり、結果的にすべてダメになってしまいました。

あと少しで上がれるのではなく、確実な一手が僕には足りない。それは運が悪いのではなく、僕自身の実力不足だと思いました。ギャンブラーではないのですが、「半ツキ」の精神に従い、これはもう辞める時なんだと悟ったんです。

ーそうだったんですね。そして、その後、コーヒー豆専門店で働き始めたわけですね。

大塚さん:特にやりたいことが他になかったので何でも良かったのですが、たまたま友だちに紹介してもらい、そこで働き始めました。

ところが、これが意外にも自分に合っていて楽しかった。俳優の仕事は自分が商品だから、自分で「僕はこんなにすごいんです」とセールスしなければいけなくて、実はそれが苦痛でした。一方でコーヒー豆専門店での仕事は、自分がいいと思うものを「おいしいですよ」とお客さんにそのまま伝えられるので、気持ちがすごくラクなんです。無理しなくて済むし、自分に正直でいられる仕事だなと思い、見事にハマリました。

しかし、同時に、あまりお金にならない商売だなとも感じたので、何とか自分の俳優経験も生かしつつ、儲かるコーヒー豆専門店にしてみたいと思うようになっていきました。

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東京・調布市の「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」には大小合わせて4台の焙煎機があり、厳選されたコーヒー豆を毎日焙煎している

ー新たに自分がやりたいことが見つかり、新たなアイデアも浮かんだ。それで開業しようと思われたわけですか?

大塚さん:いいえ、最初は自分の提案する店舗をそのお店の人たちと実現したいと思っていました。当時はまだ、豆の専門店でコーヒーが飲めるようなスタイルがなかったのもあり、コーヒースタンドの店舗計画を立て、企画書を提出しました。入って3カ月目のことです。でも、全然相手にされなかった。

その後、下北沢にできたコーヒースタンドが話題になり、しかも、欧米では流行り出しているので絶対にイケると思い、諦めきれず3年ぐらい企画書を出し続けたのですが、「喫茶店なのか、豆屋なのかよく分からない」との理由で実現しませんでした。

これはもう自分でやるしかないと腹をくくり、そこを辞めました。そして、29歳の時に恵比寿で猿田彦珈琲を開業しました。企画書のコーヒースタンドを形にしたわけです。

29歳~ ノリと勢いに乗ってチャンスをモノにする

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ーなるほど。お店づくりに俳優の経験を生かしたという点についても教えてください。

大塚さん:映画を作るようにお店を作れば、それが一つの作品、すなわちブランドになるのではないかと。例えば、映画でもドラマでも一番大事なセリフというのがあって、それを際立たせるために逆算していろいろな芝居を繰り広げていきます。お店も同じで「何を一番大事にしたいか」ということから逆算してお店を演出していけばいいのではないかと考えたわけです。

ーでは、猿田彦珈琲を開業するにあたり、一番大事にしたかったことは何ですか?

大塚さん:「たった一杯で、幸せになるコーヒー屋になる」ということ。この核を最大限にアピールするため原料豆を厳選し、豆の個性に合わせた焙煎、抽出法にこだわっていこう。そしてお客様が心地良くなれる、ホスピタリティーマインドを持つスタッフを揃えていこうと考えました。

とはいえ、正直、開業は人生で一番怖かった。アイデアを形にできる喜びはあったのですが、いざ300万円もの借金をするのはものすごいプレッシャーで。開業して最初の半年間はお金のやりくりばかり考えていて食事ものどに通らなかったです。心身共に健康な状態に戻ったのは開業から1年半後、黒字になってからです。

ーそこからどんどん拡大し、現在は都内に10店舗。大手メーカーの缶コーヒー監修もされ、今や猿田彦珈琲を知らない人はいないほどです。さらに今年9月末には台湾進出も果たし、確実に会社として成長を続けていますね。

大塚さん:最初は、コーヒー好きに愛されるお店になって黒字が続けば、それでいいと思っていました。店舗拡大も缶コーヒー監修なども予定になく、人に薦められるままノリと勢いで実現しました。

このノリと勢いが大切なことも俳優の経験で学びました。ノリや勢いに乗れない人は芸能界に生き残っていけなかった。僕自身、俳優時代に大きなチャンスを何度も逃しています。その空しさはもう味わいたくない。だからこそ、勢いのある時に巡ってきたチャンスは絶対モノにする! と決めていたら、こんな展開に、という感じです。

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ーでは最後に、これまでの経験を踏まえつつ、20代へメッセージをお願いします。

大塚さん:他人に何を言われても自分を信じ切ってほしいですね。それがすごい力を発揮します。20代の僕はうぬぼれや自意識過剰さはありましたが、自分を信じ切れていなかった。だから何をやっても中途半端で、大きなチャンスを目の前で失ったんだと思います。今はそんな20代の頃の自分への自戒もあって、どんな時も自分を信じて死ぬ気で頑張ろうと思っています。

あと相手のことも信じないといけません。相手をちょっとでも疑う気持ちがあると、相手も自分を信じてくれないのでこちらの思いも伝わらない。そのことも俳優をやる中で学んだことです。だから、なんだかんだいって20代での経験はすべて、その後の人生に生きてくるんですよね。うまくいかなくてつらくても、それがいつかは役に立つと信じることも大切です。

ー確かにそうですね。大塚さんの20代での紆余曲折が今の猿田彦珈琲の源泉、力の源になっているように思えます。だから珈琲はおいしいし、店内の居心地もいい。貴重なお話をありがとうございました。