自分らしさを受け入れるには、自分の凹凸を知ることから。ー乙武洋匡著「車輪の上」出版記念特別インタビュー

わたしたちは普段生きる中で、日々さまざまな課題に直面し、「どう頑張ってもこれは自分には無理だ」と身を引く場面と、「努力をすればいけるかもしれない」と判断し、その課題に取り組もうとするシーンに立たされることが多々あります。

前者は見方によっては、現状の自分のキャパを超えようとする努力を放棄しているようにも見え、後者は自分自身(の力量)を受け入れていないようにも捉えることができます。

では、容易に超えられない壁に直面したときの、その感情の線引きはいったい何なのでしょう。障害者として生まれ、これまでバスケやアメフト、スポーツライター、教師など様々なことに挑戦してきた乙武さんならではの視点で、その二つの違いを語ってもらいました。

オンリーワンになるためには、ナンバーワンになる努力が必要

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乙武さん:このインタビューのテーマの答えに、まさにはまることだと思うんですけど、SMAPの『世界に一つだけの花』という曲がありますよね。あの曲に込められてるメッセージ性は“競争してナンバーワンを目指すのではなく、あなたはあなたのままで十分オンリーワンだから、それで良いじゃないか”ということだと思うんです。だけど、あの曲にはちょっと注意が必要だと僕は思っています。

“じゃあもう努力しなくて良いんだっけ?”って。あるがままの状態でいいならば、向上心も努力も持たなくて良いと理解されかねない。僕は、オンリーワンになるためには、まず自分の得手、不得手をいろいろなチャレンジを通して経験し、自分の凹凸を知る、つまり、何かのナンバーワンになれるような努力をすることが必要だと思っています。

ー何かのナンバーワンになる努力、ですか。しかし、何においてもナンバーワンになるのって、そう簡単にはいかないと思うのですが……。

乙武さん:それはもちろんです。ただ、試すことは誰でもできると思うんです。

ーと言いますと?

乙武さん:例えばぼくは、自分で食事をとることができます。だけど周りの人はそんなこと知らないですよね。だからもし僕が一緒に食事をしている人に対して「すみません、食べさせてもらえませんか?」と言ったら「まぁそうだろうな。」と、みんな食べさせてくれると思うんです。

僕の場合、そうやって自分からできないと言い張ってしまえば、それで通ってしまうことはたくさんあると思うんです。でも、それってとても怖いことで。だからこそ、自分は何ができて、何ができないのかを試してみることが大事で、それによって自分の限界も分かると思うんです。

ぼくにとって、一人旅は永遠の憧れです。若い頃に沢木耕太郎さんの「深夜特急」を読んで、よけいに一人旅がしたくなりました。だけどそれは、僕にとって、絶対に叶うことのない憧れ。何故ならぼくは小さいころから補装具と言われる、義手みたいなものを使って自分一人でトイレに行くというチャレンジを何度もやってきました。それでも、どうしても無理だった。だからこそ、「一人旅は無理だ」という事実に納得せざるを得ないんですよね。

一方で、ぼくはスポーツが好きです。だから中学校時代はバスケ部、高校ではアメフト部に入っていて、バスケ時代はドリブルの練習だけを一生懸命やって、なんとか試合に少しだけ出させてもらえるようにもなりました。ただ、アメフト部ではプレイヤーとしてではなく、マネージャーとして相手チームの分析という役割を担ってきました。

もちろん、プレイヤーとしてやってみたかった、という不完全燃焼は今でもありますよ。でも、中学時代までにバスケなど他のスポーツに打ち込んできたからこそ、自分の体では防具をつけて肉体をぶつけ合うアメフトというスポーツを選手としてやるのは無理だなと判断できるわけです。そう考えると、重要なのは「やってみたかどうか」ということなんじゃないかなと。

努力で越えようとする壁を見誤らないこと

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ー先ほど“状況”というキーワードがあったと思います。そこに左右されてしまって、自分の可能性に蓋をしてしまうことがあると思いますが、どのように捉えていくべきだと思いますか?

乙武さん:よく、その人の置かれてる状況とか環境を一括りにして「諦めないことが大事だ」と言われるんですけど、僕はそれも注意が必要だと思っています。

諦めずに努力をしたら結果が出る可能性のあることと、どう努力をしても結果は変わらないことってありますよね。後者に対しては努力をするだけ無駄だと思っていて。そこに対しても日本人特有の根性論があって「諦めるな!」というのは、一つ間違えると労力の無駄遣いになりかねないと思います。

例えば、僕に対して「障害者である」ということは変えられない事実ですよね。そこに対して今後飛躍的に医学が進歩して手足が生えてくるということでもなければ、僕が障害者である事実は変わらない。まず、事実は事実として捉える必要があります。主に属性のように、どんなに努力をしても変えられないことってある。

だけど、努力のしようがあることもある。その”属性”について回るイメージや、現状をぶち破ることは可能だと思います。

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ー属性、といいますと?

乙武さん:例えば、世界的なバレエダンサーとして成功をおさめた熊川哲也さんも、幼少期は「男がバレエをやる」ということに相当からかわれたと思うんです。だけどもし彼が周囲の声や、見えない壁を気にしてその道を諦めていたら、世界的なバレエダンサーである熊川哲也はこの世に誕生していなかったわけで。

しかし本人がそこを気にせず、性別など関係なく、自分がやりたいことを本気でやったから成功してのけたわけですよね。
逆のパターンもありますよね。「“女性だから”それは無理だ」と言われていることも、ルール上問題なければ本気でやって成功を収めている人はたくさんいる。

家庭が貧しい状況の中でも、努力をして成功をおさめた人はたくさんいます。そういった、性別や境遇といった属性は変えられないけど、“その属性が制限していると思われる壁”を突破することは、努力によって十分に可能性があると思います。

そこで多くの人がやってしまいがちなのが、そこをゴッチャにすることなんですよね。「自分はこの属性だから無理」と決めつけて諦めてしまっている人はとてももったいないと思います。

反発は幼稚。だけど大事なことに気付くきっかけでもある。

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乙武さん:ただ、今回書いた「車輪の上」のテーマとも結びつくのですが、「その壁を突破しようとすること」と「その壁は本当に乗り越えたい壁なのかを見極めること」はまた別の問題だと思うんですよね。

この作品は書けば書くほど、とっても感情移入してしまって、だんだん僕の物語になってきてしまった感があるんですが、僕自身もこれまでの人生で選んできたことの中で「障害者だから無理だろう」と思われていることに対する反発として「いやいや、俺これできるよ」と一生懸命になっていたことってあると思うんです。そしてやり遂げた結果「これ本当に自分がやりたいことだっけ?」と振り返るような。

これって冷静に考えると、「障害者であることは問題じゃない」と思っていたはずの自分自身が、一番「障害」という属性に囚われていたんじゃないかなって思うんですよね。

僕自身の話で言えば、今後も障害者であるという属性は変えられない。だからその基盤に乗った人生であることも変わりない。だけど、その上で本当に自分が何をやりたいのかとか、自分の属性に囚われないで物事を考えられるようになったら、ぼく自身も含め、みんなもっと楽になるんじゃないかなって思います。

ー「人から言われたことに対する反発での行動」についてもう少しお話いただけますか?

乙武さん:ぼく自身、スポーツ関係の仕事をしてきたのは、単純にスポーツが好きというのはもちろんありますが、“障害者だから無理”と思われていることに対する反発という意味合いもあるんですよね。それはスポーツライターという職だけでなく、バスケやアメフト部に入ったこととも関係していると思います。

あと、少し話はそれるんですけど、結構ぼく下ネタを言うんですね。もちろん下ネタ嫌いじゃないんですが、そこまで好んでいるかというと、そうでもないんです。だけど、わりと口にしてしまうことが多い。それに関しても「障害者って真面目でとっつきにくそう」と思われるのが嫌で、「いやいや僕はそんな人じゃないですよ」というアピールのつもりで言ってしまう部分もあるんですよね。

そういう反発って幼稚だなと思う反面、それがなかったら結局とっつきにくそうな人って思われかねない。だから、客観的にそういう行動を見たときにも、「必要な過程かもしれない」とは思います。

大事なのはそういう反発を経て、周囲からどんなふうに思われていようが、自分が本当にやりたいと思えるものに辿り着くこと。そのためには、一回反発してみるっていうことも必要かもしれないなと。何もせずウジウジしてるくらいなら、どんな理由でもまずはやってみる。その上で、「当たって砕けた」とか「達成できた」とか、きっと何かに気づくと思うんです。

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ーつまり、他者の意見によって自分の行動が変わってしまうというのも、あながちネガティブなことではないということですね。

乙武さん:最初から自分に貼られたレッテルとかラベルとかにこだわらず自分がやりたいことを選べたらいいんでしょうけど、人間なかなかそう効率的には生きていけない。

周囲に対する反発でもいいから、何かにトライしてみた上で「やっぱり違ったな」って気づくこともある。そういうことを経て、だんだん殻を脱ぎ捨てていければ良いのかなと思います。人生、試行錯誤ですよ。

小説の中に出てくるキャラクターには、そういった要素をたくさん散りばめたので、それぞれが自分に貼られたレッテルに抗ったり、受け入れたりしながらも、自分が本当にやりたいことを探そうとする。そういった若者の葛藤を描けたら良いなと思ったんです。

人生の大通りからはずれる勇気を持てるかどうか

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ー小説の中に出てくるキャラクターの一人に、アヤという真面目な大学生がいます。彼女のように学生の多くは、「自分は真面目で平凡だ」っていうある種の平凡コンプレクックスを抱えているような気がしますが、そこから脱却するための方法って何かありますか?

乙武さん:まずは、大通りから外れる勇気を持つことだと思います。やはり今の日本社会は、マジョリティから外れることに対する恐怖心を、特に若い人たちは強く抱いているような気がする。

「みんながこうしてるからこうという思考に縛られているというか、もっと辛辣な言い方をすると、その道を進んだらどこに到達をするかさえ知らないまま、進んでいる気がします。

たとえ、途中で「自分がやりたいことは別の方向なんじゃないかな」と気づいたとしても、それが大通りから外れた、細い小道だったとしたら、そこに進むことに対して躊躇してしまっていると思うんです。群れていたほうが楽だし、目立たない存在でいた方が、特に今の社会は楽で、それによって自分を無個性化してしまっているんじゃないかと。

何か自分がやりたいことが決まって、それに向かって進んでいる人というのは、孤独な戦いを強いられている。それに対して、なんとなく自分の個性を見出せず葛藤してる人って、本当はそれを心のどこかで望んできた自分がいるんじゃないのかな。

だけど、本当に個性のない人なんて僕はいないと思っています。「自分には個性がない」という人は、「本当に何らかのラベリングされる自分になる勇気があるのか」という問いを自分にぶつけてみてほしいです。そうして、自分にはこんな個性があると見つけたときに、臆せず、その個性や強み、それから興味を全面に押し出して、群れから外れてみる勇気を持ってほしいなと。

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ーありがとうございます。では最後に、学生に対してメッセージをお願いします!

乙武さん:これから進路を決める人たちは本当に迷うと思うし、自分にとってどれが選択肢で、どれが選択肢じゃないかもわからないような状態だと思います。だけど、何かを選ばないといけないときに、常に問われるのは「自分らしさって何なんだ」ということだと思うんです。

自分らしさって、自分が元来与えられた属性に引っ張られることが大いにあると思うんですけど、本当の自分らしさって、何に興味があるのかとか何がやりたいのか、どんな人間と関わってきたのかということなんですよね。だから、いろんなことを脳内完結させずに、怖がらずにいろんなチャレンジをして、たくさん失敗をしてください。傷つくことで気付くことって、ありますから。

取材後記

今回取材をさせて頂いた乙武さんが新たに出版する小説「車輪の上」は、就職が決まらぬまま上京し、ひょんなことから歌舞伎町でホストとして働くことになった青年シゲノブの物語。「障害者にホストは無理だ」と言われ、その反発から飛び込んだ夜の世界で経験するさまざまな悩みと、障害者である自分自身と向き合い続ける中で生まれる葛藤。同じ歌舞伎町で生きる、さまざまな境遇を持つ人々との交流を通して、シゲノブが最後に行き着く先は―。

自分自身に付きまとう属性やラベリングに、いかに私たちが影響をされているのか。そしてそれは必要なことなのか?

自分自身の在り方について深く考えさせられるきっかけとなるような物語です。今の自分に対する閉塞感や、わだかまりを感じている学生には是非読んで頂きたい作品です。

今回インタビューさせて頂いた乙武直筆サイン入り新版の小説「車輪の上」を抽選で1名の方にプレゼント! ご希望の方は、MY FUTURE CAMPUSサイトマイページよりご応募下さい!

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また、乙武さんが10月16日(火)19時から三省堂書店池袋本店書籍館4階 イベントスペース「Reading Together」にてサイン会を開催します!

お申し込みは、「『車輪の上』刊行記念 乙武洋匡さんサイン会特設サイト」まで!