“何かに憧れる”という気持ちは、人が成長し続ける上で欠かせない感情だそうです。
みなさんも、憧れの存在という人物が一人はいるのではないでしょうか。
では、周りから見るとすでに完成しているような、一目置かれるスゴイ大人たちは、一体どんな人に憧れているのでしょう?
そんな、憧れの人が憧れる人の話、聞いてきました。

なりたい自分と違う道に進んでしまったとしても、必ず何かプラスがある ―アコースティックギタリスト・押尾コータローさん

独特の奏法やチューニングを駆使したパフォーマンスで、アコースティックギタリストとして不動の人気を誇る押尾コータローさん。ソロ・アルバムではもちろん、幅広い世代のアーティストや歌手との共演でその演奏に触れたことがある方も多いと思います。昨年にはメジャー・デビュー15周年を迎え、さらなる活躍に期待が高まっています。

そんな押尾さんが「憧れの人」として挙げてくれたのは、故・河島英五さん。「酒と泪と男と女」や「時代おくれ」など数々のヒット曲を世に送り出した、昭和を代表するシンガー・ソングライター。全国的な人気を獲得してからも故郷・大阪を拠点に活動を続け、2001年に亡くなるまで多くのファンに愛されました。

その河島英五さんとの出会いの想い出や、音楽家として歩む上で糧となった言葉、そして、そこから得た押尾さんなりの人生哲学を語って頂きました。

英五さんとの出会いがソロ・ギタリストとしての出発点

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ー河島英五さんとの出会いのきっかけを教えてください。

押尾さん:ソロ・ギタリストとして活動する前、ボーカルと僕の2人でデュオとして活動していた時期があったんですが、その頃に英五さんが大阪で阪神・淡路大震災復興支援コンサートを企画されて、出演するアマチュアバンドを募集していたんです。

それを相方が知って応募し、参加させてもらったのが最初の出会いです。僕のギターだけでボーカルが歌う、というスタイルが他にはないサウンドで、面白いと思ってくれたみたいです。

ー最初に会った時にはどんな話をされましたか?

押尾さん:緊張して全然しゃべれなかったです(笑)。けど英五さんはパワフルで、歌に説得力があって、人を巻き込み包み込む魅力があって、イメージ通りの人でしたね。地元の大阪で活動をされていたというのも、僕ら関西のミュージシャンにとっては大きな支えになっていました。

英五さんは当時、大阪の桃谷というところで「ビーハウス」というライブもできるレストランを経営していて、僕らも出演させてもらっていました。英五さんは忙しいので毎日お店にいるわけじゃないんですけど、いる時には若手に楽曲指導や歌唱指導をしてくれるんです。例えば声が出にくいボーカリストも、英五さんに教わると、すごく声が出るようになったりして、すごい人やなと思っていました。

そんな中、ボーカルが急に別の道に進みたいと言い出して、僕が一人残されてしまったんです。それで英五さんに「インストゥルメンタル(歌なし)でもいいですか?」って聞いたら「いいよいいよ」って。ギターソロで英五さんのお店でのライブを続けさせてもらえたんです。それが今のスタイルの出発点になりました。

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想いを届けることの大切さを教えてもらった

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ー押尾さんもいろいろと指導を受けたんですか?

押尾さん:英五さんがお店にいる時には必ず何かしらダメ出しをされましたね。毎回、ダメ出しの内容をわざわざ小さい紙に書いて僕に渡してくれるんですけど、「読んどけ」っていうことかと思ったら、その内容をひとつひとつ説明してくれるんです。「この紙いらんやん」って思ってたんですけど(笑)。今思えば、取っておけばよかったですね、あの紙。

よく教えられたのは、ギターの演奏のことではなくMCのことでした。ソロで始めた最初の頃は、ライブ中に全然しゃべれなかったんです。緊張もあるし、ボーカルがいた時には彼がしゃべってくれましたから。

でも英五さんが「それじゃお客さんに伝わらないぞ」と。歌の場合は歌詞によって伝えることができるけど、インストは歌詞がないんだから、演奏の前にどんな曲なのかをしゃべったほうがいいと言われました。

「例えば“夜の街に花火が上がったイメージ”とか、なんでもいい。それを聞くとお客さんもそういう気持ちになって、それが歌詞になるんや」って。それからは、しゃべる努力を相当しましたし、想いを届けるということの大切さを学びました。

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ー確かに、押尾さんのステージを観ていると、河島英五さんが持っていた、お客様を包み込む雰囲気に通じる空気を感じます。

押尾さん:英五さんは、ステージも、人間的にも、ものすごくハートフルな人でしたからね。だから、全国からたくさんの人が英五さんを見に大阪に来ていたし、ファンの熱気がすごかった。英五さんが熱かったからファンも熱かったんです。

英五さんは大きな舞台もたくさん経験されていたので、場所に合わせたパフォーマンスの形も教えてもらいました。

小さなライブハウスで大げさに両手を広げて歌ったらおかしいけれど、1,000人や5,000人集まる会場なら両手を広げてもおかしくない。言われている時はよくわからなかったんですけど、自分が1,000人規模のホールで演奏するようになって、「ああ、そういうことか」と納得できました。2階席、3階席の人に届けるには、ギターのストロークだって大げさなぐらいでちょうどいいんです。

お客さんがどんな気持ちチケットを買ってくれたのかを想う本番前

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ービーハウスではいつごろまで演奏されていたんですか?

押尾さん:2001年に英五さんが亡くなられるまでです。メジャー・デビュー前に自主制作でCDを2枚作ったんですが、1999年に出した1枚目のCDのジャケットは、ビーハウスの店内で撮った写真を使わせてもらいました。

英五さんはメジャー・デビューが決まる前に亡くなってしまいましたけど、メジャーにつながるきっかけを作ってくれたのは、当時ビーハウスでアルバイトをしていた英五さんの息子さんの翔馬君でした。

彼が僕のCDを大阪の「FM802」というラジオ局に持ち込んでくれて、それを大阪のカリスマDJ、ヒロ寺平さんという方が番組で流してくれた。だから、英五さんはもちろん、息子の翔馬君にも感謝ですね。

ー活動の中で英五さんを思い出したり、頭をよぎるような時はありますか?

押尾さん:しょっちゅうですよ。僕、ステージの前っていつも緊張するんです。メジャーで15年もやっているのに、いまだに開演5分前にはすごく緊張します。そんな時には、今日のお客さんがどんな想いでここに来ているのか、1枚のチケットをどんな想いで買ったのかを考えます。

この日のために時間を作って、やっと押尾コータローが見られる! と思って来てくれるんだから、緊張している場合じゃないなって。ステージに対する想いも英五さんからたくさん教えてもらいましたから、あとは自分が緊張してネガティブな気持ちにならないよう、英五さんの言葉を思い出すようにしています。

置かれた状況の中ですごい存在になれるまで頑張ることが大事

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ー河島英五さんからの教えを得て日本を代表するギタリストになられた今、ご自身の若いころを振り返り、今の若い人たちに伝えたいのはどんなことですか?

押尾さん:これ読んでいる人の中には、「やりたい仕事が見つからない」「何をやりたいのかわからない」と思っている人がいるかもしれないですよね。

でも、やりたくないことでもトップを取るぐらいのつもりでやらなければ、本当にやりたい仕事に就けたとしても大した活躍はできないと僕は思うんです。

僕は就職をしたことはないですけど、アルバイトでは警備員もやったしラーメン屋でも働きました。それは目指していた音楽の世界とは違う世界だったけれど、それでもとにかく頑張りました。頑張り過ぎて、店長から「ギターを辞めて調理師免許を取れよ」って言われたぐらいですから。

でも、それぐらい信頼される働きができれば、どこに行ってもうまくいくと思うんです。面倒くさい先輩もいるかもしれないけれど、そういう人はどこに行ってもいますから。

ー与えられた環境で精いっぱいやるということですね。

押尾さん:どこにいても「役に立つ存在になる努力」というのは必ず報われると僕は思います。だから、そこは頑張ってほしいな。頑張らないと何も見えてこない。

「俺はこうじゃない」「俺は本来ここにいる人間じゃない」とばかり思うんじゃなくて、置かれた状況の中ですごい存在になれるまで頑張る。そうすれば、本当にやりたい仕事にも近づけると思うんです。我慢しろと言ったら重いかもしれないけど、頑張る手前でやめてしまっては、何も見つからないんじゃないかな。

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ー音楽活動の中でもそうした経験はありましたか?

押尾さん:僕もビーハウス時代、お店に来るお客さんにいろいろなリクエストを頂きましたが、知らない曲のリクエストや無理難題もたくさんありました。でも、その都度勉強してレパートリーを増やしたことが、結果的にその後のカバー曲のセレクトやオリジナル曲の発想につながっています。プレイヤーとして、お店とお客さんにずいぶん鍛えてもらいました。

みなさんにとっても同じことで、自分が本当にやりたいことではなくても、必ず何かプラスになることがあるはず。そのプラスを得るために、頑張るんです。「君がいなかったらうちの会社は困る」と言われる存在を目指す。そういう人はきっと、最後の最後にはなりたい自分になっているはずです。

ー“プラスを得るために、頑張る。”たしかに、大切なことだと思います。今日はありがとうございました!

そんな、押尾コータローさんが参加する「DEPAPEKO」のCD『PICK POP!』2018年9月19日発売!

アコースティックギタリスト押尾コータローとインストギターデュオDEPAPEPE(デパペペ)のコラボレーションユニットによるJ-POPカバーアルバム。テクノ、ゴスペル、エレクトロ、アイドルソングなど、1970年代から2010年代までのJ-POPをアコースティックギター3本のみで大胆にカバー。様々な時代にJ-POPシーンを彩ったヒット曲の数々が、押尾コータローならではのギターテクニックと爽やかなDEPAPEPEサウンドにより、驚きのアレンジで新たに色づきます。

さらに、かねてからライブで共演した際などに披露してきたお互いの代表曲を各1曲ずつと、DEPAPEKO初のオリジナル楽曲も収録した全12曲。アコースティックギター3本だけとは思えない斬新なサウンドが魅力の1枚です。

☆コンサートなど最新情報は押尾コータローオフィシャルサイトにて☆

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