“何かに憧れる”という気持ちは、人が成長し続ける上で欠かせない感情だそうです。
みなさんも、憧れの存在という人物が一人はいるのではないでしょうか。
では、周りから見るとすでに完成しているような、一目置かれるスゴイ大人たちは、一体どんな人に憧れているのでしょう?
そんな、憧れの人が憧れる人の話、聞いてきました。

何に「コミットメント」すべきか学んだ。ー元ナイキジャパン 秋元征紘さん

秋元征紘さんは大学卒業後、海外留学を経て日本精工に入社し、ニューヨークやトロントでの駐在、その後は日本ケンタッキーフライドチキン常務取締役、日本ペプシ・コーラ副社長、ナイキ・ジャパン代表取締役社長、LVMHグループのゲラン(株)代表取締役社長、取締役会長など、名だたる外資系企業の経営を任されてきました。

現在は書籍の執筆や講演、大企業のマネジメント教育、ベンチャー企業の社外取締役やアドバイザーを務めるなど、若手の育成に力を注いでいます。華麗な経歴を持つ秋元さんですが、その進路選択は人との出会いが大きかったとのこと。中でも、若い頃に出会った二人の人物を「憧れの人」として挙げてくださいました。

世界との出会い。「これだ」と思った。

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ー秋元さんの経歴にはそうそうたる外資系企業の名前が並んでいますが、どんな学生時代を過ごしたのですか?

秋元さん:私が上智大学に入学したのが1964年で、まさに東京オリンピックの年でした。この年の10月に初めて英語を使ったアルバイトを体験しました。それはドイツチームの選手達を、閉会式後の新宿御苑で開かれたパーティー会場までバスで案内する車中で、スポンサー企業からの労いのコメントを英語でスピーチする、という仕事でした。

英語を使って、当時としては破格のアルバイト代をもらえたこともうれしかったんですが、それ以上に、同世代の外国人選手たちとの交流が最高に楽しくてね。可愛い青い目で金髪のドイツ人女性アスリートとコミュニケーションが取れたときは「これだ!」と興奮しましたね。「絶対、これからは世界だ」と直感的に感じました。

その翌年、オーストラリアへ交換学生として行きました。当時、お金はまったくなかったんだけど、学内で「お金がなくても海外に行ける」と宣伝しているグループを知って、話を聞きにいくと「日本とオーストラリアの学生交換プログラムを作るために企業から寄付金を集めている」というんですよ。

そこで私も参加して、3ヶ月間で100社以上の会社を回り、当時の航空運賃にあたる約20万円強の寄付金を集めることに成功しました。オーストラリアは1ヶ月のホームステイと大学巡りの旅行でした。渡航前に寄付金集めで回った日本の会社では、社員の人が「終身雇用」「年功序列」の日本的経営のもとで、滅私奉公というか、とにかく勤勉に働いている様子を目の当たりにしていただけに、この国ではそれと真逆な自由な空気が流れていることに驚きました。

同世代の若い人たちもマイペースで、将来の夢もさまざま、みんな生きいきとしていて、その生き方が格好いいわけですよ。そこで感じたのは、自分を抑えて行動している人たちのいる集団ってなんとなく気持ち悪いということ。自分の夢に向かってやりたいことをやっている人たちは、やはりイキイキしてるんですよね。その経験から「自分の夢を進化させながら、その実現のために生きよう」と思うようになりました。

二人の恩師との出会いで学んだ「コミットメント」の意味。

ーオリンピックの閉会式やオーストラリア留学は、秋元さんの目が世界に向かう原体験になったんですね。そんな秋元さんの憧れの人はどなたですか?

秋元さん:このテーマをいただいたとき、二人の顔が頭に浮かびました。それが、大学時代の恩師であるロベール・J・バロン先生と、そのバロン先生に紹介してもらったジェームズ・C・アベグレンさんです。

お二人とも日本的経営に関する国内外で知られた専門家で、イエズス会士のバロン先生は当時、上智大学の財務部長もされていましたが、様々な外資系企業の社長のアドバイザーとして有名でした。このバロン先生の受講生6人ほどのゼミのような授業の中で、特に印象に残っているのが「コミットメント」という言葉だけで1時間以上ずっと議論しあったことです。

日本語では「責任」「約束」「深い関与」あるいは「責務」と訳したりしますが、正直、その時の私は結局「コミットメントが何で、どう大切なのか」ということがあまりわかりませんでした。

ただ、その後、大学4年生の夏休みにバロン先生の紹介でボストンコンサルティンググループ(BCG)の日本法人の初代社長として来日された、“アベグレン旋風”と呼ばれその後の日本的経営の再評価のきっかけとなった「日本の経営」の著者のアベグレンさんに出会いました。彼の下でインターン生としてアシスタントを務め、のちに「三種の神器」と呼ばれた、終身雇用・年功序列・社内組合で構成された日本企業の経営のメカニズムと、バロン先生の授業で同級生たちと議論した「コミットメント」の関係がわかったんです

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ーというと、どういう意味ですか?

秋元さん:日本企業のビジネスパーソンは、基本的に“会社”にコミットメントしているということ。
例えるならば、神風特攻隊が「国体」つまり天皇と大日本帝国にコミットしているように。一方、西欧社会のマネジメントのベースになっているのは、“個人として自分の夢や志”に対してのコミットメントです。

今の時代なら、会社に対するコミットメントは「社畜」とか呼ばれて手放しにほめられないと思いますが、「ジャパンアズNo.1」とか「21世紀は日本の世紀」とさえ言われ、GNP世界第2位の「経済大国日本」の驚異的な成長を支えていた大企業、特に製造業の勢いが世界を席巻しつつあり、ある意味では西欧的な個人ベースのコミットメントが負け続けていた時代でしたから、どちらかと言えば日本的経営のコミットメントが高く評価されていましたね。実際、私もこの「時代の流れ」に乗ってシドニー大学の大学院を終え、就職先は日本企業を選びました。

ただ、それにはずっと違和感がありました。私の父親は太平洋戦争で戦死したんですが、それはつまり、国家に対するコミットメントで命を落としているということ。この父の死は、ずっと頭の底にありました。私は日本の会社に10年勤めましたが、ニューヨークやトロントに駐在するようになってからは特に、日本型のコミットメントに対して強く違和感を感じました。

周囲のアメリカやカナダの友人たちは自分のやりたいことを追いかけて自由に、かつ勤勉に行動しているのに、自分は今の会社の社員としての未来しか見えない。これが本気で嫌だなと思ったんです。自分も自由になりたいと。自分自身の目標や夢に対するコミットメントはいいけれど、会社や国家に対する過度のコミットメントはやはり異常だなと思ったんです。

ーそれで会社を辞められたんですか?

秋元さん:はい。それまで一緒に苦楽を共にしてきた上司や仲間たちと別れて、日本精工の「世界企業」への道にやりがいを感じ、10年の間いっしょうけんめい働いた会社を辞めるのは非常に残念でした。でも今ではあの時に決断してよかったなと思いますね。

会社を辞めた後に先輩の始めたベンチャー企業に参画しましたが、これは大失敗におわり、連帯保証で横浜の600坪の土地と家3軒を失い、個人的にも大変な思いをしました。でもなぜか、ここまで落ちたらこれ以上落ちることはないだろうと開き直ることができました(笑)。

そのピンチを乗り越えて、ケンタッキーフライドチキンの田園調布店でアルバイトを経て、ケンタッキーやペプシ・コーラでのそれぞれ感動的なマネジメント体験を経て、ナイキ・ジャパンの社長やゲランの社長まで務めることができました。すべてこの転職がきっかけですからね。

ー今、さらりと「ケンタッキーでアルバイトをして……」と話されましたが、相応の役職でケンタッキーに入社したんじゃないんですか?

秋元さん:違いますよ(笑)。参画したベンチャーが倒産して、たまたま大学時代のゼミの先輩が日本ケンタッキーフライドチキンの副社長をされていて「お前そのままでは、飯が食えないだろ」って拾っていただいて、とりあえず田園調布店で時給600円のアルバイトからはじめました。35歳の時の話です。

それでアルバイトとして1ヶ月ほど働いた後、改めて副社長と社長の面接を経て、企画販売部長、そしてマーケティング本部長といった仕事をやらせてもらうことになったんです。私は英語が不得意ではなかったし、外食という全く初体験の分野の仕事でしたが、入ったら大きなチャンスが広がっていましたね。

それに、当時のケンタッキーは、みんな私みたいな中途入社の人がたくさんいました。学生運動で就職ができなかった人とか、一度会社に入ったけどうまくいかなくて世界一周のバックパック旅行をしてきた人とか、そういうバツイチの社員がいっぱいいた。逆に言うと、自分の失敗が負い目でもなかったんです。

とどのつまり、頼りになるのは自分です。あらゆる意味で自分を中心に、自分自身の夢を抱いて、実現するための具体的な目標を掲げて行動し、その結果に基づいて行動計画を常に修正していく。結構楽しい人生ですよ。

優秀な人ほど、面白いことをさせてくれる場所を選ぶ。

ー自分を中心に考え、行動し、修正していく。当たり前のようで、会社に就職するとなかなか難しいのかもしれません。ちなみに、秋元さんから見て、現在の日本企業は昔よりも、自分にコミットメントできる会社になっていますか?

秋元さん:残念ながら、日本の大企業はかつてのように「滅私奉公」を表面上は要求しないように見えますが、本質は変わっていないかもしれません。逆に、僕は7〜8年前から、FiNCというヘルスケアのITベンチャーの経営に社外取締役としてその創業の時から参画しているのですが、こうした会社の出現は面白いですね。

たとえば、この会社は現在約160人の社員がいて、国籍も20ヶ国を超えた一流の人達が集まっています。そういう人たちと仕事をしながら気がついたのは、最近は本当に優秀な人材、とくにITエンジニアはあまり大企業に行かないということ。

自分の夢に連動して、面白いことをさせてくれる場を提供してくれるところに、優秀な人は行く。今や、会社に自分の人生をコミットメントして自らを安売りする必要はないんですね。皆さんはそのような素晴らしい時代に生きているのです。私たちの世代から言わせていただくと、本当に「うらやましい」ことです。

だから、これから就活の準備や具体的な活動をはじめる学生の皆さんに言いたいと思います。就活を始める前に、「自分は人生で一体何をやりたいのか」と真剣に考えてほしいということです。ご両親をはじめ、周りの人の多くは「安定している」「条件のよい」大企業を勧めるかもしれませんが、自分で満足するような生き方にコミットしない限り、人生どこかで「負けた」と感じるはずです。

自分自身が後悔しないような人生を全うするためは、これはジャック・ウェルチの言葉ですが「自分の運命は自分でコントロールする」こと、つまり「会社に自分を選んでもらう」のではなく「自分が会社を選ぶ」ような姿勢が大切なのです。

あと、もし今、思い描いている「夢」や目標があるのなら「すぐに行動してみる」ことをお勧めしたいです。これは脳科学者も言っていますが「人間は自分が考えついた事や範囲は実現できるが、そうでない事や範囲は実現できない」ということです。そして、考えついたとしても行動しなかったら、その夢は進化しないんです。

ということは、「夢の大きさが、未来の大きさ」ということになる。私自身もそうでしたが、やってみたいこと、興味のあることはすぐにやってみる。すると、チャンスは自ずと訪れます。ぜひ、大きな夢を抱いて、行動し続けてください。

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