ビジネスは世の中の変化を映す鏡です。社会のしくみや暮らし方、生活者のニーズの変化に応じてサービスや製品のあり方も変わっていきます。 このコーナー「変わるスタンダード~モノ・コトのあり方を変える企業~」では、マーケットの変化を敏感に察知して、新しいプロダクトやサービスを提供している企業を取材。その狙いや背景にある世の中の変化を描きます。

【ソニー】ビジネスもスポーツ選手のように『才能ある者が開花する仕組み』を整える時代 ソニー 小田島伸至さん

ソニーが2014年から開始した、スタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム「Seed Acceleration Program(以下SAP:サップ)」が注目を集めています。グループ社員から広くアイディアを募集し、社内での複数の審査に通ると、新人社員でも統括課長に任命され、自分のプロジェクトチームをもって様々な分野の社内専門家のサポートも得ながら事業化に挑戦することができるというものです。

この仕組みを利用して立ち上がった事業は13事業。デジタルAVや家電製品はもとより、音楽、映画、金融まで幅広い事業に手を広げているソニーが、さらに新規事業創出に力を注ぐ狙いは何なのか? 導入後、社内にどんな変化があったのか? SAPの生みの親であるStartup Acceleration部門 副部門長 兼 Startup Acceleration部 統括部長の小田島伸至さんに話を伺いました。

ソニーが手掛けるスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラムSAPとはどんなもの?

ー「Seed Acceleration Program(以下SAP)」の概要について教えてください。

小田島さん:プログラムの流れでご説明すると、まず社員からアイディアやコンセプトを集める3段階のオーディションを行います。その中で持ち寄られたアイディアを、利益がでるか?お客様が本当に欲しているか?といった観点で審査し、優れたアイディアは「SAP Intensive」または「SAP Basic」という短期集中育成プログラムに分かれ、事業化を検討します。

「SAP Intensive」に認められると3か月間はフルタイムで、自分が提案・応募したプロジェクトに専従して仕事を行うことができます。リーダーは統括課長となり、社内外から希望する人を集めてチームを組み3か月間トライして進捗をみます。その後、3ヵ月ごとに検証を繰り返し、事業化できるかどうかを判断します。
「SAP Basic」では1週間のうちで1日、自分のアイディアの仮説検証を進めてよいことになっていて、こちらも3か月間で進捗を見て、「SAP Intensive」に格上げして進めるか、事業化しないのかを見極めます。

4年間で13製品・サービスが事業化。

検証と準備を繰り返し事業化しても問題ないと判断されたら、「加速支援者」のアドバイスを受けながら事業をさらにブラッシュアップしていきます。加速支援者というのは、生産、デザイン、品質、法務、マーケティング、財務、経営企画、海外展開といった各分野に精通した社内のプロフェッショナルメンバーです。

最終的に事業化のメドがつきそうなものに関しては、自社の「First Flight」というクラウドファンディングとEコマースを兼ね備えたサイトでテストマーケティングを実施。目標金額を達成したものは実際に製品化されます。たとえば「wena wrist」というスマートウォッチの事業は、クラウドファンディングで当時の国内最高額となる1億円を超える支援を得て、製品化し今に至っています。
2018年の3月末までの時点で、オーディションは国内外で合計13回開催し、のべ2000人の方が参加。応募件数は約700件です。デジタルAVや家電といった既存の事業部で出来るアイディアを除いても数百のアイディアが残ります。そのうち13のアイディアやコンセプトがこれまで実際に事業化されています。

入社1年目で新規事業を立ち上げた社員も。

ー入社1年目でSAPのプロジェクトを成功させた人もいるということですが?

小田島さん:はい。先ほどの「wena wrist」のプロジェクトリーダーの對馬(つしま)がそうですね。もともと学生時代から温めていたアイディアを事業化したいとソニーモバイルに入社したのですが、その年にタイミングよくこのSAPプロジェクトが立ち上がり、オーディションに応募してくれました。

基本的に社内起業家向けプログラムということでスタートしたので、これまでは応募はグループ社員であることが条件でしたが、2018年に入ってからはSAP2.0という形で、社外の企業や個人のスタートアップもSAPを利用できるように進化しています。

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埋もれているアイディアをすくい上げるスキームが必要だ。

ーSAPが生まれた背景にはどのような狙いや現状認識があったのでしょうか?会社に対する危機意識などはありましたか?

小田島さん:私にとっては、危機意識とか会社を救おうとかいうよりは、仕事の課題の解決なんです。SAPを構想したのは5年ほど前ですが、私はソニーグループ全体の戦略を考える「事業戦略部門」にいました。そこで次のソニーを作るためには新規事業の芽を育てることが重要だと考えていましたが、新規事業のアイディアはあまり社員から出てこなかったんです。

これはなぜだろうと現場に通ってリサーチしたところ、アイディアは思いついたんだけど、どこに持っていけばいいかわからないなど、いろいろ課題が浮かび上がりました。そこで、こうした課題を解決できる新規事業のためのスキームを作れば、埋もれているアイディアをすくい上げて、世に出せるんじゃないかと考え、当時社長だった平井(現会長)に提案しました。

予想をはるかに超える大きな反響が社内から寄せられた。

ーそうして誕生したSAPですが、立ち上げた時の社内の反響はどうでしたか?

小田島さん:予想を超える大きな反響がありましたね。最初はグループ内のイントラネットで告知をしたのですが、大変な数の問い合わせがあり、急いで各拠点で社内説明会をセッティングしましたが、応募者数が約1,200名ということもあり、その半分ほどしかカバーできませんでした。また最初のアイディア公募を行った時も、ゆうに100を超える案件が上がってきました。数件来るか来ないかという最初の予測はいい意味で裏切られましたし、4年間で約700件というのも想定よりずいぶん多い件数です。

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ーそれだけのアイディアや熱量がソニーグループには埋まっていたんですね。

小田島さん:そうですね。このSAPというプログラムがなければ世の中に出なかったはずの商品を、4年間にいくつも生み出すことができました。その意味でソニーでよかったなと思うことが2つあって、やりたいと手を挙げたときに、当時の私のような若造にかなり自由にやらせてくれた、そういう企業文化があったこと。またSAPは手を挙げてくる発案者がいないと成立しないものですが、そこにドッと人が集まった。それだけたくさんのタレントがいる会社だったということですね。

SAPがスモールサクセスを生み出したことで、社員に意識の変化が伝播していった。

ーSAPが根付いていくことで、社員に新しい意識は生まれましたか?

小田島さん:やっぱり身近なところでスモールサクセスが出てくると盛り上がってきますね。最初は様子見した人も多かったと思いますが、ふと気づくと、隣の新人がプロジェクトリーダーから課長になって、自分の組織と予算を持って自分の商品を出し始めた、あるいは同僚がそこに手を貸しているというのを目にすれば、誰でも意識は変わりますよね。そういう意識の変化が伝播していくことで、自分にもチャンスがあるんじゃないかと、埋もれていた情熱を引きずり出す効果はあったと思います。

事業化ノウハウのパッケージ化やFirst Flightの開放でSAPを外部に開放していく。

ー今後のSAPの展開について聞かせてください。

小田島さん:SAPには4年を経てうまれた新規事業と、新規事業を生み出すプラットフォームという2つの側面があります。新規事業については、これからもどんどん成長して羽ばたいていってもらいたいですし、ソニーグループ内の事業として大きく成長できるものであれば、そちらに移管してすすめていきます。そこまで持っていけるのがソニーの強みなので。

プラットフォームとしてやることは2つあります。1つは事業化ノウハウのパッケージ化です。我々はこの4年間いくつも新規事業を育てる中で多くのノウハウや失敗経験をため込んできました。この事業の磨き込みのノウハウを整備して標準化し、いろいろな人が使える起業家パッケージにしていきます。

もう一つはFirst Flightの外部への開放。事業の出口を支えることですね。我々のノウハウで事業を磨き込んで、いざReadyというところまで来ても、多くの人は販売機能を持っていません。そこをサポートするツールとして我々にはFirst Flightがありますから、多くの人にそれを使ってもらえるよう、どんどん開放していきます。

さらにSAPのグローバル展開ですね。日本とまったく同じフォーマットをヨーロッパでも展開していまして、昨年事業を1つヨーロッパでも立ち上げています。アイディアの入り口も、事業の展開もグローバルでやっていきます。

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パートナーとチャンスや利益を共有しながら共に栄えるオープンイノベーション戦略へ。

ー積み上げたノウハウをどんどん開放するとのことですが、少し気前が良すぎませんか?

小田島さん:いま、ソニーの方針は自前主義からオープンイノベーションに変わってきています。アイディアも技術もみんなソニーが自前で用意して利益を全部とろうという話ではなくて、外部パートナーとチャンスや利益を共有しながら共にサステイナブルに栄えていくこと、いわゆるエコシステムをつくるのが命題なんですね。

ですから我々ソニーにたくさんのアイディアや、タレントが集まる状態をつくって、アイディアの価値化のところを我々が助けることで、より効率的に世の中に送り出し、お客さんに届けていくということをやっていきたい。結果として新しい事業や産業が作れれば、それはソニーにとってもメリットになるんです。すでにカーネギーメロン大学をはじめ社外連携をいくつもすすめています。

ビジネスも、スポーツ選手のように、『才能ある者が開花する仕組み』を整える時代

小田島さん:スポーツ選手が分かりやすい例なのですが、世界的にも活躍しているスポーツ選手は、おそらく幼少のころから野球をやる環境があって、たぶん周囲に科学的に指導してくれる方がいたはずなんですね。才能が開花するためには、開花を促すスキームが必要です。
ビジネスも同様で、才能ある者にいいコーチをつけつつ、その才能が開花するような仕組みや環境を整える時代になっていると私は思います。

これまでの積み上げは通用しない。課題を見つけて価値に変える力が求められる。

ーSAPを立ち上げた小田島さんから見て、これからのビジネスパーソンにはどういった資質やスキルが必要だと考えますか?

小田島さん:まず前提として、いま我々が痛切に感じるのは、日常の積み上げでビジネスを組み立てることができなくなっているということです。世の中的にもESGなどへの関心が高まっていますよね ?これまでの積み上げでやっていくと環境が壊れたりして成り立たないから、あるべき姿から逆算してやりましょうという流れになっています。

ですからいま求められているのは、言われたことをやるスキルじゃなくて、課題を見つけて価値に変える力なんです。課題は見つけているだけじゃダメで、それを価値に変えること、言い換えると継続的に収益が生まれて毎日の生活を支えるソリューションに変えていかなければ、どんな良いアイディアでも続かない。そうした能力は年齢は関係ないと思います。

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ー他にはどんな資質があるでしょうか?

小田島さん:人のマネジメント能力も欲しいですね。やっぱり自分だけじゃ何もできない、いろんな人に動いていただく必要があるので。学生まではトップエリートですっていう人が、社会に出てから必ずしもそうじゃなくなるのが、人のマネジメントという要素が入ってくるからだと思います。

また最後に「好奇心」は、すごく重要です。好奇心がある人はものすごく伸びますね。あとは、悔しいと思う心。社会に出ると悔しいことはたくさんあるので、悔しさをバネに変えられるかどうかですね。それは勉強だけじゃなく課外活動とか全部含めての話になってくるので、もし自分が没入していることがあれば、それはとことん突き詰めた方がいいと思います。

勉強で上げられるスキルは学生のうちにとことん習得、考える時間を作る。

ーそうした資質やスキルを身につけるために、学生時代にやっておいた方がいいことは何だとお考えですか?

小田島さん:まず課題を価値に変える「発案者」に自分がなるためには考える時間をたくさん作ることが重要なので、日頃の仕事の生産性を上げるしかないんです。学生だったら、計算をする、英文を読む、そうした作業に1時間かけていたのを10分でできるなら、50分間を考えることに使えますよね。勉強で上げられるスキルの習得は学生のうちに、とことんやって、クリエイティビティのために時間を割けるようにした方がいいと思います。

それから違和感を持ったところを大事にすること。慣れちゃうんですよね、大人になるほど。ですからいま思っていることを大事にしていたほうがいいです。

マネジメントに関しては難しいですが、サークルの運営などはいい経験になるかもしれません。またグローバル社会なので、外に出ていく経験を積めるとよいですね。価値観が全然違う環境で自分を作っていく経験は、オープンイノベーションの環境でも通用していくと思います。

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