ビジネスは世の中の変化を映す鏡です。社会のしくみや暮らし方、生活者のニーズの変化に応じてサービスや製品のあり方も変わっていきます。 このコーナー「変わるスタンダード~モノ・コトのあり方を変える企業~」では、マーケットの変化を敏感に察知して、新しいプロダクトやサービスを提供している企業を取材。その狙いや背景にある世の中の変化を描きます。

「予定不調和」のあるものに若い視聴者はワクワクしてくれる。 ー AbemaTV 谷口達彦さん

AbemaTVはサイバーエージェントとテレビ朝日が出資して設立されたインターネットテレビ局。オリジナル番組をはじめ、ニュース、ドラマ、アニメ、音楽、スポーツなど約20チャンネルを無料で提供しています。スマートフォン、タブレット、PCなど様々な端末で利用可能で、2016年4月の開局以来、視聴者数も増え続けています。

インターネットでは、見たいときに見たい番組を視聴する「ビデオ・オン・デマンド」方式でコンテンツ提供を行うサービスが多い中、あえて地上波テレビ局のような番組表形式を中心とした(※)サービスを行うのはなぜなのか?その背景にある利用者の変化への読みとは?制作局長の谷口達彦さんに話を伺いました。

※見逃した番組をいつでも見ることができるAbemaビデオも有料会員向けに提供。

「24時間365日無料で見られるインターネットテレビ局」。

ーAbemaTVのサービスの概要を教えてください。

谷口さん:ありそうでなかった「24時間365日無料で見られるインターネットテレビ局」です。現在、ネットでは毎月一定額を払えば好きなときに見放題というオンデマンド配信のサービスが多いのですが、AbemaTVでは、地上波テレビのようなリアルタイムの番組(リニア配信)を無料で提供し、好きなときに見られるビデオサービスを有料会員向けに提供しています。

谷口さん

ネットユーザーはいずれ検索疲れを感じるようになる。

ー好きな時に見られるオンデマンド配信ではなく、リニア配信のサービスとした理由は?

谷口さん:インターネットって自分で検索をして、自分から望む情報やコンテンツを取りに行くのが基本的な使い方だと思います。そういうコンテンツサービスは多くあるのですが、数が増えてリッチになっていくと、ネットの探し疲れが起きてくると思うんですね。自分で一つ一つ探して見ていくことに疲れるというか。

最終的には、自分が見たいものをいちいち探すのが面倒になって、信頼のおけるメディアでレコメンドされたおすすめを安心して見ていく。そう変化するんじゃないかという仮説を私たちは持っています。

その時に信頼を得られるマスメディアでいたい、暇なときにAbemaTVに来れば何か面白いものがあると期待して、つい癖のようにタップして見てしまう、そんな視聴習慣を根付かせたいと思い、それに合わせた番組編成を考えています。

AbemaTVは若者向けメディアでありたい。

ーリニア配信となると地上波「テレビ」と競合しそうですがライバルが多いですよね。

谷口さん:まず私たち自身は若者向けメディアでありたいと思っています。年齢層で言うと10代から30代のイメージですね。

そうした若者はよく「テレビ離れ」だと言われていますが、それはテレビデバイス離れにすぎなくて、テレビのコンテンツから離れたわけではない。テレビという受信機を前提にした視聴環境が、いまの若者の生活スタイルと合わなくなっているだけで、若者が見やすい環境、たとえば若者が常に手にするスマートフォン上に、若者に向けたコンテンツがあれば、それは見てもらえるだろうと思い、既に手ごたえも感じています。

ーユーザー規模やビジネスとしての現状はどうでしょうか?

谷口さん:一週間に訪れる訪問者数がユニークユーザー数で1,000万人という規模が、私たちが仮に設定しているマスメディアの規模感です。そこを直近の目標として、ユーザーの視聴習慣をつくれるようなコンテンツを拡充しているところですね。今は週に600万前後といったところを推移しています。

収入の大きな柱は広告収入と有料課金の2本立てですが、収益的にはまだ赤字です。ただ今は先行投資期間だと思っています。まずはとにかくユーザーを集めてマスメディアをつくること。そしてその信頼を得ることを何よりの目標に置いています。マネタイズはユーザー規模さえ大きくなればいつでもできるので、それからでいいというのが私たちの考えです。

「予定不調和」であるものに若い視聴者はワクワクしてくれる。

ー若者向けであるために、具体的にどういう努力やアピールをしているのでしょうか?

谷口さん:地上波のテレビ番組は老若男女の全世代に向けて、テレビというデバイスでの視聴を前提に作っています。それは全然悪いことでは無いんですが、どの世代にも通じる分かりやすさだとか、大きな画面での見え映えを前提にしたテロップの入れ方とか、セットの豪華さなど、テレビというフォーマットに適した番組作りをしているものがほとんどです。

しかし若い人は、そういったものより、見栄えは地味でもリアリティのあるもの、次の展開が予測できないもの、「予定不調和」と呼んでいますが、そうしたものにワクワクするのではと思っています。

亀田興毅が様々なバックグラウンドを持つ一般人と戦ったらどうなる?という企画を番組化した『亀田興毅に勝ったら1000万円』は、一時サーバーダウンするほどの視聴がありましたが、そうした番組作りを意識しています。AbemaTVに来ればそういう “尖った”コンテンツがあるという、利用者からの“信頼”を勝ち得ていきたいですね。

谷口さん

どの世代が見ても安心して見られるよりも、特定の誰かを熱狂させられるものを番組化する。

ーそうした番組を作り続けるのは大変そうですね。

谷口さん:そうですね。番組制作は外部の制作会社の手を借りながら、番組の企画はサイバーエージェント社長の藤田が総合プロデューサーとして指揮をとっています。AbemaTVのプロデューサーたちは、テレビ朝日から出向している若手のプロデューサーが多く、毎週『トンガリスト会議』という企画会議を藤田と実施しています。

競争と協調をうまくやれる仕組みが文化の一つ。

ー『トンガリスト会議』、面白そうですね?どんなやりとりがされているのでしょうか?

谷口さん:特定の層にとって熱烈に見たくなる企画や、AbemaTVでしかできない番組をトンガってる企画と定義し、どの世代も安心して見られるようなものではなく、特定の誰かを熱狂させられるものを番組化する方針で、企画案を討議しています。

毎週、10から20くらいの企画はずっとコンスタントに出していて、その中で形になるのは1割以下ですね。なかなか過酷です。でも厳しい目標を楽しみながらやる、競争と協調をうまくやれる仕組みがサイバーエージェントの文化の一つでもあります。

プロデューサー達の企画の採用数をランキングにして、社内にもシェアして競いながら、上位になった人には豪華会食をプレゼントするなどしています。このほかにも全社で番組案を公募したり、女性のWebプロデューサーだけを集めて女性向け企画を作るなど、あれこれ工夫しています。

インターネット産業は、期待値の方がリスクよりも大きい。

ー御社では「AbemaTV」を初めとしてネット上で次々に新しいサービスを打ち出しています。これはどういった方針や考え方に基づいているものでしょうか?

谷口さん:インターネット産業は、期待値の方がリスクよりも大きいことが大半です。成熟した産業は設備投資など大きな投資を必要をとすることがほとんどですが、新しい事業領域がどんどん広がる中で、新しいものに挑戦し続けていた方が金脈が大きい。ですから、そうした新規事業にどんどんチャレンジするという風土が業界全体にも、もちろん当社にも昔からありますね。

インターネットが産業化されて、20数年あまりが経ちましたが、新しい領域はそれまでの経験が必要なかったり、若者が情熱を持ってコミットすることで早期に事業が立ち上がることも多いんです。ですから、子会社をつくって、若手を抜擢し社長にして、スピーディーに新規事業を立ち上げて、彼らに任せて育てながら、勝率を上げていくという方法をとっています。

もし失敗しても若き経営陣達の育成につながりますし、失敗経験を次に活かすことができる。私たちにとってのインターネットビジネスとはそういうものだと考えています。

谷口さん

自分のアクションが産業全体を動かし得る。それがインターネットのビジネス。

ー若くてチャレンジ精神旺盛な人にとっては本当に魅力的ですね。

谷口さん:そうですよね。成熟した産業でしっかりと役割を果たしていくのも当然素晴らしいことだと思うんですけど、何事かをなし遂げたいと思っているけどまだ何も実績が無い若者にとっては……

僕なら成長産業に行って、自分の頑張りや結果が、プラスにもマイナスにもなるというそういう働き方をしたいし、若い人にも、そういう道を選んで挑戦してほしい、と伝えています。ちょっと大げさですが、自分のアクションが産業全体を動かし得る、そういう成長産業なんだと理解してもらいたいですね。

求められる資質「変化対応力」「プラスアルファのアレンジ力」「想像力」。

ーインターネット産業においてということで構いませんが、これからのビジネスパーソンにはどういった資質やスキルが求められると思いますか?

谷口さん:なかなか難しい質問ですが、3つ挙げてみます。

まず、「変化対応力」は本当にとても重要です。変化が激しい産業ですので、何かに固執せず変化に柔軟に対応できるような感性や耐性は不可欠だと思います。

2つ目は、自分自身の経験なんですけど、「プラスアルファのアレンジ力」。どんな仕事にだってプラスアルファをちょい足しできるセンスや熱情を持って欲しい。もしかしたらホッチキスひとつ留める仕事だって、自分なりの工夫によって効率や速度や満足度を上げることはできるかもしれない。どんな仕事をしていたって、そういうプラスアルファができる人が、おそらく鮮やかな仕事をするビジネスパーソンにつながっていく、と思います。

最後は「想像力」ですね。関係する人すべてに対する想像力。思いやりとか気遣いなども含みますけど、いま、相手は何を考えているのか、何を欲しているのか。この他者に対する想像力が無いとなかなか厳しい。特に対人ビジネスだったりすると、誰も魅了できないと思うんです。

できるだけ「なんとなく」を排除して心の揺れ幅を大きくすることが、思考の幅を拡げる。

ーそうしたものは、どうすれば身につけることができると思いますか?

谷口さん:これをしなきゃ、ということはなく、できるだけ「なんとなく」を排除していくことなんじゃないかと思います。なんとなく過ごす時間、思考しないで流されて過ぎ去っていく瞬間、毎日をできるだけ排除していく。やることはアルバイトでも恋愛でもなんでもいいんです。ただ何をやるにもなんとなくでやらない。

心がたくさん揺れていた方が、より深みのある経験を得られると思うんです。大きな喜びや深い悲しみ、悔しさ、そういった強い感情が、考えを研ぎ澄ませたり、洞察力を磨いたりすることにつながると思います。ですから学生のうちにできるだけ大きく心が揺れるようなことに挑戦することが、思考の幅を拡げることにつながると思います。

谷口さん