“何かに憧れる”という気持ちは、人が成長し続ける上で欠かせない感情だそうです。
みなさんも、憧れの存在という人物が一人はいるのではないでしょうか。
では、周りから見るとすでに完成しているような、一目置かれるスゴイ大人たちは、一体どんな人に憧れているのでしょう?
そんな、憧れの人が憧れる人の話、聞いてきました。

わき目も振らずに走り続ける人が一番強いー建築照明デザイナー 戸恒浩人さん

東京の街を温かく見守る東京スカイツリー。その照明デザインを手掛けているのが、今回、お話を伺う戸恒浩人さんです。戸恒さんは東京大学工学部建築学科を卒業後、在学中からアルバイトをしていた照明デザイン事務所に就職。現在は独立して、照明デザイナーのお仕事をされています。

そんな戸恒さんの憧れの人は、仕事で成長させてくれた身近なプロフェッショナルたちでした。昔から有名な人に憧れたり、大きな目標を掲げたりするのではなく、身の回りの状況から学び取ることが上手だった戸恒さん。その学ぶ姿勢は、きっと大学生の皆さんの将来を考える上でもヒントを与えてくれるはずです。

迷っていた大学時代。興味のある分野にたくさん挑戦して、好きなものを見つけた。

ー今日はお時間をいただき、ありがとうございます。戸恒さんの「憧れの人」を伺う前に、そもそも“照明デザイナー”という仕事とどのように出会ったのか気になります。教えていただけますか?

戸恒さん:そうですよね。僕も、最初から照明デザイナーになろうとは思っていませんでした。もっと言うと、じつは大学で何を勉強するかさえ、決められなかったんです。理系科目よりも文系科目のほうが点数は高かったけど、好きなことはものづくりでしたし。何学部に進めばいいかさえわからないわけです。

東大を受験しようと思ったのは、2年間の教養期間のあとに進路を決めればよかったから。単なる先送りです(笑)。そこで大学1〜2年生の間は、興味のある授業をいろいろ受けながら、とことん迷いました。

たとえば、「もともと星が好きだから、天文学はどうだろう」と受講するのですが、実際は星より数字をたくさん見る学問だと知って自信を失ったり、「DNAのらせん構造も面白そうだ」と受講しても、「将来、自分が白衣を着て実験室にこもることは想像ができない……」とあきらめたり。自分の進む道をずっと決めかねていましたね。

そんな時、実家の建て替えがあり、ハウスメーカーの設計士の方が家にいらしたんです。まあ、設計士といっても、いたって普通の冴えないおじさんですよ(笑)。それが、隣で打ち合わせを聞いていると、「電気はどこから引いて」とか、「床の下はどうなっていて」とか、とにかく様々な分野の話に詳しくて、かっこよく見えたんです。さらに、家をひとつ建てるのに、ここまで豊富な知識が必要なのかと驚き、「建築って、面白いかも!」と思いました。

ーそれで、建築学科に?

戸恒さん:はい。ただ、半分以上の学生が建築家を愛してやまないなか、当時の僕は誰一人著名な建築家の名前を知らないし、そもそもハウスメーカーの設計士のおじさんがきっかけで興味を持ったし、「来たところを間違ったかな?」と思いました(笑)。しかも勉強していくうちに、自分の性格的に建築という行為は少し大きすぎるし、完成までの時間が長すぎると思ったんです。

それで、次にもう少し身体スケールで考えられるインテリアはどうだろうと考えました。でも、インテリアって、ファッションに近いんですよね。建築は歴史があり、アカデミズムとして確立されていますが、インテリアはその時代の空気や流行ってる素材を追う必要があり、さらには商売と強く結びついている。やっぱり、インテリアも違う……。

そう相変わらず悩んでいた時に、ある授業で「光が入らないと空間が出来上がらない」ということに気づかされ、光の効果に興味を持ったんです。でも、当時はまだ光の勉強をさせてくれるところがなくて。大学の生協で照明デザインの本を探し出し、著者に電話をかけました。そしたら、「変わってるね」と言われて(笑)。ドキッとしましたが、その後に「おいで」と言ってくれて、アルバイトさせてもらうことになったんです。

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進むべき道が決まった。単調な作業も照明デザインの勉強に。

ー戸恒さんの悩み方は、ただ頭で考えるだけではなくて、悩みながらも行動していますよね。それが大切な気がします。アルバイトは、やってみてどうでしたか?

戸恒さん:仕事として一番多かったのは模型を作ることで、建築の勉強で身につけたスキルがそのまま生かせました。数をこなすうちに自分の中で模型を作るノウハウも溜まってきて、気づいたら、後輩のバイトが来たら指示するような模型隊長になっていました(笑)。他には先輩社員の方々が撮りためた写真の整理もしていました。

作業自体はとても単調でしたが、考えようによっては照明デザインのよい例を何千枚もタダで見れるわけです。かっこいいと思った照明については、実際に手がけたデザイナーさんに「どういうふうに考えたんですか?」って聞くことを繰り返して、勉強の道具にしていました。

ーちなみに、アルバイトしながら、照明デザイナーを自分の仕事にようと思ったきっかけは何だったんですか?

戸恒さん:一つは、その事務所にやってくる建築家の方と照明デザイナー先輩の会話を聞いていて、「自分も建築家ではなく、協働者だったらやっていけるかな」と感じたからですね。もう一つは、当時就職難の時代だったのに夢中でアルバイトしていて就職活動を何もしてなくて。

そこで慌ててアルバイト先のボスに「すいません入りたいんですけど……」って伝えたら、二つ返事で「いいよ」と言われたから。これで僕の就職活動は1秒で終わったわけです(笑)。大学の同級生に照明デザイン事務所に就職すると伝えたら、みんなに「何それ食えんの?」って言われましたけどね。将来のことは当時わかりませんでしたが、「とにかく、やってみよう」という覚悟でこの業界に入りました。

ー「安定」とか「認知度」とかは気にならなかったですか?

戸恒さん:そうですね。自分は楽しかったので、楽しいことは続くだろうっていう漠然とした思いと、照明デザインという分野はニッチだけど、どの業界でも1人前になれば、まあ、なんとかなるだろうっていう考えだけでした。正直、最初は給料も安かったし、今でいうとブラックな働き方をしてたんですけど、やりたいことに突き進むことを選びました。

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苦手なことは、褒められるまでやれば乗り越えられる。

ーと、ここまで、戸恒さんの学生時代の過ごし方が面白くて思わず長く聞いてしまったのですが、そんな戸恒さんにとって“憧れの人”はどなたですか?

戸恒さん:僕は昔から、有名人に憧れるようなことはあまりなかったんですよね。僕にとっての憧れの人は、仕事のなかで出会い、僕に成長するきっかけを与えてくれたプロフェッショナルたち。

たとえば、社会人2年目の頃、上司の代わりに僕が設計事務所に行って打ち合わせをすることになったんです。そういう状況だったから、自信なさげに話していたんでしょうね、怒られまして。「君はね、若いかもしれないけど、僕からしたら照明の先生なんだ。そんな自信のない話し方でどうする。プライド持って自分が正しいと思うものを持ってこい」と。

「本当に申し訳ありません」って謝りながら、自分の中に電気が走りました。「こんな甘っちょろいことをやってたら、ダメだ」と。どんなに会社では若手でも、お客さまにとってはプロなのだということを知って、仕事に対する意識が変わりましたね。

あともう一人挙げるとしたら、照明器具メーカーの人たちと一緒に製品開発の仕事をしていたときの、その照明器具メーカーの社長さんです。厳しいことで有名な方で、僕も毎回、ボロカスに叱られました。しかし、とにかく勉強して一生懸命食らいついて行ったんです。すると、だんだん頑張りを認めてくれるようになり、プロジェクトの最後には、照明器具メーカーのスタッフの方々に対して「お前ら、こいつの言うことだけは聞いとけ」と言ってくれました。嬉しかったですね。

その方は、「それがどんなに優れたデザインだったとしても、そのものを真似するな。そのデザインが生まれるに至ったコンセプトやプロセスを真似するんだ。それらは、テーマや課題が変わっても応用できるし、必ず役に立つから」と教えてくださいました。東京スカイツリーのコンペでは、その社長から学んだことを生かして勝つことができました。本当に感謝していますね。

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ー今のご活躍には、そうした身近なプロフェショナルたちの存在があったのですね。一方で、怒られることや厳しい人との付き合いは誰もが避けたいことだと思います。戸恒さんはどうして向き合えたのでしょうか。

戸恒さん:今の時代は他の人の状況や別の選択肢を簡単に知ることができるから、心地のよくないことから逃げたいという気持ちもわかります。ただ当時は逃げるっていう選択肢がなかったので、巨大な壁があったらとりあえず登るしかない。トゲトゲでも血だらけでも、登るしかありませんでした。

厳しいこと言っていただくと、その時はつらいですよ。逆に、できることをずっとやってると楽です。ただ、苦手なテーマに気づいて克服するから成長するんでしょうね。無理だと思っても頑張って、その結果として褒められる経験を繰り返すと、苦手を乗り越えるコツみたいなものが掴めてくると思います。

ちなみに7年前には、当社の海外案件を担当していた社員が辞めてしまい、急きょ、僕が自分で英語のプレゼンをしなきゃいけないことがありました。まったく話せないのにです(笑)。でも、とにかくやるしかないと最低限の英会話を勉強して、当日もできないながらも一生懸命やると、何とか伝わるんですよね。そして、そうした「なんとかなる」っていう経験を積めば積むほど、実際になんとかする力が身についていきました(笑)。

目の前の自由はちっぽけ。1人前になれば大きな自由が手に入る。

ーなるほど。仕事において、とても大切な成長のコツを教えていただけた気がします。では、最後に大学生にアドバイスやメッセージをお願いします。

戸恒さん:私は仕事って自己実現だと思っています。どんな業種も一人前のプロフェッショナルになれば、家庭を養っていけない、食っていけない、なんてことはないんですよ。多くの業種で年収1000万円は目指せるだろうし、独立ないし社長になれば2000万円も決して無理じゃない。そう思うと、仕事は収入で決めることよりも「何に燃えられるか」とか「何をやってて飽ないか」とか、そういうことをもっと大事にした方がいいのではないかと思います。

あと、自分に向いてる仕事って本人も含めて誰にもわかりませんが、「これならやれそうだ」っていうのを信じてある程度やれるようになると、自由も手に入るんですよ。逆に、最初から「自由にやりたい」なんて考えるなという話です(笑)。20代の頃の目の前の自由なんて、ちっぽけですよ。また、最近では働き方改革だと言われてますが、働く時間が制限されることで一人前になるスピードが遅くなるような気もしています。成長させてくれる環境を選ぶということも大切かもしれませんね。

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今は3年で会社を辞める人もいると聞きますが、わき目を振ってる人は競争に負けていきますし、ちがう職種に行ったらどんどん、後ろに並ばないといけなくなります。だから結局、社会人になったら、わき目も振らず走り続ける人が一番、強いんです。一度選んだら迷わずに最初からぶっちぎるつもりで。それくらい覚悟を持ってやった方が、成長できると思います。

逆に大学生の今は、わき目を振ってもいいんです。自分なりの答えを探し続ければいい。わき目を振れるのは今のうちです。社会人になってから迷わないように、学生のうちにたくさんわき目を振って、決めたら走り抜きましょう。

ー今は迷ってもいい、道が決まったら走り抜く。勇気の出るメッセージですね。今日はお忙しい中、ありがとうございました。

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