みなさんは、自分の将来を考えるとどんな気持ちになりますか?キラキラしている人の姿を見ては、何だか自分だけ置いていかれているような気持ちになるなんてことも・・・。
「29歳までの道しるべ」では、現在いろいろな舞台で活躍する大人たちを取材し、彼らの20代のお話を聞きました。
いまだからこそ言える“少しでも人生を前に進めていくためのヒント”です。

就職しようと思ったことは、一度もない。―Tonoloop Networks Inc. クリエイティブディレクター トム ヴィンセントさん

日本の地域や企業の魅力を世界に届けるクリエイティブディレクターとして、広報戦略の立案から映像制作まで幅広く手がけているトム・ヴィンセントさん。過去にはアート系Webマガジンの海外版編集長を務めるなど、Webの黎明期から日本を拠点に活動開始。

20代でたくさん迷い、さまざまな経験をされ、働き始めたのは30歳になってからだといいます。「就職を考えたことがない」とおっしゃるトムさんの仕事観や人生観は、世代を超えて現在の大学生のみなさんもきっと共感できるはずです。

〜20歳 イギリスの格差社会が嫌になる

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ー現在は日本で活躍されているトムさんですが、20歳のときはどこにいたのでしょうか?

トムさん:20歳のときは、美術大学の2年生でロンドンにいました。だけど、イギリスが嫌いでね(笑)。その年に両親に「アメリカに行く」と宣言して、ロンドンを出ました。

ーどうしてイギリスが嫌いだったんですか?

トムさん:イギリスの階級社会的な風土がすごく嫌でした。僕は小学校のときから全寮制のいわばおぼっちゃま学校に通わされていたんです。そう、まさにハリーポッターたちが通っているようなエリートの学校。魔法は使えないけどね(笑)。

一方で、僕が中学校に入るときに両親がロンドンから田舎町に引っ越したんです。そこでは、いろいろな階級の子たちがごちゃまぜになって遊んでいました。僕も夏休みに実家に帰ったときはその仲間になって遊ぶんですが、本当に楽しかったね。でも、夏休みが終わって学校に戻ると、また、エリートだけの世界……。

ーイギリスの階級社会が息苦しかったんですね。

トムさん:はい。それで高校卒業後はエリート大学には進学せず、美大を選び、舞台デザインを専攻しました。中学や高校よりはごちゃまぜで楽しかったけど、とにかくみんなカッコつけてて、みんなおしゃれだった。僕もやってはみるものの全然合わなくてね(笑)。

それに、イギリスだとしゃべり方ひとつで「ああ、おぼっちゃま学校の生徒だ」だとわかるので、美術大学時代も僕がビールを頼むだけで、「あ、こいつは」とみんなに壁を作られていました。いまだったら、全然、気にしないけど、当時はすごくきつかった。イギリス社会は無理だなって思うようになっていきました。

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ーそこから、どうしてアメリカを選んだんですか?

トムさん:悶々としている中で、たまたまカリフォルニア大学でシナリオライティングを教えている先生と大学のバーで知り合いました。僕も大学に入ってからいろいろ文章を書いていて、「自分は文章を書く人なのか、絵を描く人なのか迷っている」と打ち明けたんです。

すると先生はビール飲みながら「うち来れば?」っていったの。そのときは、若いし、バカだから、「ええやん」と思って20歳でアメリカに。「好きにしなさい」といってくれる親だったので、反対されることはありませんでした。

ー進路を考える時に「業界」や「会社」ではなく、「〇〇をする人」と悩むところが、日本とは少し違っておもしろいですね。それで、アメリカに渡って、どうなっていくんですか?

20歳〜22歳 イギリスからアメリカへ。さまざまな人と出会い、世界を知る。

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トムさん:カリフォルニア大学に本当に入れるかを確認しにアメリカに行くのですが、入学試験まで半年くらい時間があったのでアメリカやメキシコを旅して遊んでいました(笑)。冬にはNYへ。

親の知り合いがNYにいるというのでその人に電話すると、「女優さんを目指している若い女の子を紹介するわ」っていってくれたので、NYでも彼女と演劇を観に行ったりして遊んでいましたね。ただ冬のNYは寒くて、寒くて。そう長くは滞在せず、「とりあえず、カリフォルニアまで行こう」と長距離バスに飛び乗りました。

着くまでの3日半、バスに乗り合わせた人達と仲良くなってずっとしゃべっていたのは楽しかったですね。ただ、道中で、運転手さんが美味しいハンバーガー屋さんに連れて行ってくれたとき、みんなバスから降りてるのに、16歳くらいの若い黒人の女の子が降りてこないわけです。

「一緒に来ない?」って誘ったら、「お金ないから」って。「妊娠して親に追い出されて、身内がカリフォルニアに住んでるからそっちに行きます」っていう話を打ち明けられて……。「ああ、ここにも格差がある」とアメリカ社会の一面を覗いた気がしましたね。その後、カリフォルニアに到着。無事に大学2年生として入学することができ、結局、3年弱通いました。

22歳 初めての日本。ごちゃまぜのパワー。

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ーここまでの話では、まだ日本は登場しないですね。いつ頃、どういうきっかけで日本に来ることになったんですか?

トムさん:最初に訪れたのは、カリフォルニア大学のときです。大学で知り合った日本人の女の子と付き合いはじめ、夏休みに彼女の実家に遊びに行ったのが1回目。正直、最初はイギリスやアメリカとすべてのことが違いすぎて、まったく理解できませんでした。ただ、本州を旅していたときに立ち寄った富山の小さな禅寺での経験は素晴らしかったですね。

その禅寺はユースホステルとして紹介されていました。本堂のすぐ隣の部屋に泊まらせてもらって、僕は自販機でコーラを買い、マルボロのタバコを吸いながらプロ野球のナイター中継をボーッと見ていたんです。外ではセミが鳴いていていました。

すると、そこに夕食のカレーの染みを作務衣に付けた和尚さんがやって来て、片言の英語で「禅って知ってますか?」と聞いてくるわけです。そして、「セミっていうのは7年間、土の中にいてね、やっと出てきたところで、1週間走り回って死んでしまう。それが、禅だよ」みたいな深い話をするんですよ。

テレビから聴こえてくるナイター中継の応援音、自販機のブーンという音、蝉の声が混じり、さらにそこに本堂のお香の匂いが加わる。僕はタバコとコーラを飲みながら、カレー染みを付けた和尚さんから禅の話を聞いている。

ゆるさと深さ。宗教や哲学と資本主義。めちゃくちゃカオスの状況の中、和尚さんのパワーが伝わってくる。これはすごいと衝撃を受けましたね。

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ーなるほど。それは、面白い体験ですね(笑)。

トムさん:さらに、その後、彼女のおばさんが住んでる新潟にも遊びに行きました。当時のおばさんたちからすると、姪っ子が外国人の彼氏を連れて遊びに来るってすごいことだったんでしょうね。着いたら、近所の人たちも出入りしながら、大勢でご飯の支度をしてるわけです。

で、家で食べるのかと思ったら、道の真ん中にマットを広げ、近所の人たちが何家族もおかずを持ち寄ってやってきて。言葉が通じないながらも楽しい宴会が進んでいきました。日本酒の入った一升瓶が軽くなるにつれ、みなさんの英語が増えていって。もちろん、カタカナ英語なんだけどね。

最後はおじさんたちと一緒に「トイレ、トイレ」って田んぼの土手に立ってしはじめる(笑)。「なんだ、この人間味あふれる社会は。半端なくいい。イギリスとアメリカでずっと欲してた環境が、日本にあった!」と。禅寺と新潟での出来事で、日本という国が気になるようになりました。

22歳〜29歳 仕事もダメ、芸術の道もダメ。

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ーちなみに、年齢的にはそろそろ将来について考えはじめる年ですよね?日本では就職活動をはじめる人も多い頃だと思います。

トムさん:じつはね。僕は就職って一度も考えたことがないんです。それに、「就職しなさい」といわれたこともない。大学では相変わらず自分の興味のある授業ばかり選んで、先生や仲良くなった大学院生と飲みに行ったりしていてね。

卒業する年になって初めて必須項目を取らないと卒業できないと知り、慌てて必須科目について調べたんです。すると、高校生がやるような算数や理科をやらなきゃいけない。でも、そもそもイギリスでは高校生の時点から科目を絞るから、英語、フランス語、美術しか勉強してなかったし、いまさらお金を払って算数や理科をやることがバカバカしくなってね。「やーめた」と、大学をやめました(笑)。

ーやめてしまったんですね。その後がとても気になります。

トムさん:大学でシナリオライティングの勉強をしていて、在学中も大学の仲間や地元の劇団の皆さんといくつか自分の書いた脚本を上演していました。だから、漠然とですが、「これで、やっていこうかな」と思っていたかな。でも、アメリカの商業演劇は向かないし、もう少し芸術寄りの演劇に挑戦したかったので、ひとまずはイギリスに戻りました。

でも、僕もいま振り返ると、20代はやっぱり悶々と悩んでいたよね。お金がないから「とりあえず生活のために働こう」といろいろなアルバイトもしたし、会社の面接も何社か受けました。でも、うまくいかない。やる気がないんですよね。

それで、日本に来る1年前には「やっぱり芸術だ」と思って、1年間、アトリエにこもって絵も書いたけど、ここでも芸術家としてアートの世界で戦っていく覚悟が持てなかった。仕事もダメ、アートもダメでした(笑)。

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ー大学を卒業してからずっと就職しない状況は、日本人の感覚からすると、かなり不安な精神状態になってしまいそうです。

トムさん:いや、それほどでもないよ。そもそも、イギリスには「社会人」という言葉がありません。日本では、大学を卒業すると初めて「社会人」っていう線が引かれますよね?でも、赤ちゃんだって社会人じゃん。小学生、中学生だって社会人。少なくとも高校生は立派な社会人。なんで大学を出たら、いきなり社会人なんだろうとずっと不思議に思っています。

あと、「ライフワークバランス」という言葉。これも最近流行ってるけど、人生には「ライフ」しかない。「ライフライフバランス」ですよね(笑)。

ーそういった話って、むしろ今の大学生の感覚に近い気もするのですが……。

トムさん:そうかもしれませんね。無理して働かなくていいじゃん。でも、生きていけないでしょ。「じゃあ、働きましょう」っていう考えです。こういう会話って、ひと昔前は日本の場合、新卒で入社した企業でできたんですよ。何も決められず、悶々としたままでも会社が受け入れ、成長させてくれた。

でもいまは、違う。だから、若い人たちは目一杯、悩めばいい。社会が必ず一人ひとりに合う器を用意してくれているとは限らないし、無理に就職なんてしなくていいんじゃないかなと思います。

29歳〜 20代はとにかくあらゆる経験をしよう。

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ー30歳を目前にして、日本に移住するんですよね?

トムさん:逃げるという意味合いもあったし、何かあるんじゃないかと漠然とした気持ちで来日しました。最初は英会話スクールの先生。大嫌いだったし、自分には向いていないと思っていたけど、生活のため。その後、Webの仕事と出会って、「これは面白い」と思いましたね。仕事という意識はほとんどなかった。

でも、この仕事は予算の都合で突然の打ち切りに。また、英会話スクールの仕事に戻ってね。30歳までは基本的にどこかの会社に就職しようという意識はなかったですね。

ー最後に、大学生の皆さんにメッセージをお願いします。20代はとにかくありとあらゆる経験をしましょう。僕はいまそれがすっごく助かっています。いろんな人と出会って、遊んで、挑戦しているから、物事があんまり怖くないんです。誰とでも話せるっていう武器を持ってる。とんでもない失敗ばかりしてるけど、でもいいじゃん。生きてるし。

毎晩、酒飲んでるし。それに、僕は51歳になったけど、まだまだこれからだと思っている。去年、滋賀の大きな家を修復して住み始めてから、やっと僕の基盤ができた。振り返ってみると、20代の頃はなんもわかってないわけ。えらいふりもしたくなるけど、素直に、好きなことを好きなだけした方がいい。就活をしなきゃと焦る気持ちもわかりますが、今は途中からでも企業に入れてくれるし、その方が絶対企業のためになると思いますよ。

ー勇気の出るメッセージですね。今日は素敵なお話をありがとうございました。

トムヴィンセントさんは9月にスマイルズの代表である遠山さんと一緒にイベントにも登壇します。
「29歳までの道しるべ 特別イベント~みんな、当然20代なんて未熟者だった!!~」開催決定!是非お越し下さい!

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