“何かに憧れる”という気持ちは、人が成長し続ける上で欠かせない感情だそうです。
みなさんも、憧れの存在という人物が一人はいるのではないでしょうか。
では、周りから見るとすでに完成しているような、一目置かれるスゴイ大人たちは、一体どんな人に憧れているのでしょう?
そんな、憧れの人が憧れる人の話、聞いてきました。

「視野を広げることと人間関係の大切さ」を学んだ ―H&M PRコミュニケーションマネージャー室井麻希さん

アパレルブランド「H&M」でブランドイメージを支えると同時に、PRチームをまとめる存在でもある室井さん。終始にこやかでハッピーな空気をまとう彼女には、これまでどのような憧れとの出会いがあったのでしょうか。性別問わず高い人気を誇るブランドを支える室井さんが憧れる方の話、聞いてきました。

その人は、世界へ目を向けることを教えてくれた。

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室井さん:私には、憧れる方が二人います。一人はミャンマーの国家顧問のアウンサンスーチーさんで、もう一人はピーチ・ジョン創業者の野口美佳さんです。

ーファッションのお仕事をされている室井さんから、アウンサンスーチーさんのお名前が出てくるとは思いませんでした。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

室井さん:私が小学校4年生くらいの頃に、ミャンマーの大学生が実家にホームステイをしたことです。私は仙台のごく普通の家庭で育った女の子で、彼女は初めて接する外国人。彼女は辞書を引きながら当時のミャンマーの政治情勢や人権問題について話してくれました。

そこでわかったのは、当時のミャンマーでは軍事政権が進められていて、民主化運動を行うアウンサンスーチーさんが自宅で軟禁されているということ。“軟禁”という言葉も知らない小学生でしたが、ミャンマーの学生がリアルに体験したことを聞いて驚きました。

気になって自分でも調べていくうちに「スーチーさんを解放してほしい。彼女がリーダーになるべきだ!」と思い、国際協力そのものに興味を持ちました。英語を勉強したいと思いはじめたのも、その頃です。

学生時代の室井さん

あの人の言葉で、ガリ勉だった自分の価値観が全て壊された。

ーもう一人の憧れの方、野口美佳さんを知った時期やきっかけについて教えてください。

室井さん:彼女と出会ったのは私が高校生の頃です。私はクリスチャン系の高校に通っていて、野口さんは学校のOGとして進路についての講演をしに来てくれました。

当時は野口さんがピーチ・ジョンを立ち上げたばかり。ブランドとして勢いのある時代で、おしゃれに敏感な友達はみんな彼女が来ることに興奮していました。一方、その頃の私はトレンドに疎かったので、恥ずかしながらあまりピーチ・ジョンについては知りませんでした。

学生時代の室井さん

ーおしゃれにあまり関心のなかった室井さんが、野口さんに影響を受けたのはどうしてですか?

室井さん:野口さんの話は、私がこれまで聞いたことがないことばかりでしたから。印象に残っているのは、「人は見た目です」「面接に来た人がシワのある服を来ていたら、落とします」という言葉。

その瞬間周囲はざわつきました(笑)。もちろん可愛ければよいという話ではなく、人の内面は外側に現れてくるという意味です。たぶん(笑)。
クリスチャンの学校だったこともあり、これまで私が受けてきた教育は、「人は中身」です。普通はそうだと思うのですが、野口さんはまったく別の価値観を教えてくれた。それは私にとってすごく強烈な価値観に触れた瞬間でしたね。

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ーこれまで室井さんが持っていた価値観が壊されたということでしょうか?

室井さん:全て壊されました。高校生の頃の私は、先生に言われた通りに勉強して試験でいい点を取ることがいいと思う、いわゆる“ガリ勉タイプ”。野口さんの話は、私がこれまで収まりがちだった、学校や社会みたいな、決められた枠を取っ払ってくれた気がします。その後は、野口さんが載っている記事を読むなどして動向をチェックしていました。

国連からファッションへ。進路を大きく変えた20代。

ーこれまで室井さんが持っていた価値観が壊されたということでしょうか?

室井さん:アウンサンスーチーさんを知ったことを機に国連で働きたいと思っていたので、進学先のICU(国際基督教大学)でも国連を目指す人が入るゼミに所属しました。でも、国連に入るには、卒業後大学院に進学する必要がありました。

これまでずっと必死に勉強してきたのに、まだ社会に出られないのかと考えたら息切れしてしまって。両親にも相談した上で、一度別の世界を見てみようと広告代理店に就職しました。

ー広告代理店には、どのくらい勤務されたのでしょうか?

室井さん:3年くらいです。広告代理店では、消費者への調査をした上で、課題の抽出や戦力を立ててクライアントにプレゼンをするのが主な仕事でした。とても楽しくて、夜中まで夢中になって働いていました。でも、ある時ふと「私はこのままでいいのだろうか?」と考えてしまった。次第に他の国を見てみたい気持ちが強くなり、退職を決めました。

ー海外ではモデルのお仕事をされていたと拝見しました。

室井さん:そうですね。モデルは学生時代にしていたことがあったので、生きる手段で、海外でもう一度生活したかったんです(笑)。香港をベースに台湾やシンガポール、インドネシアなど、さまざまな国に行きました。

中でも印象的だったのが、CMの撮影で訪れたインドネシアです。そこで見たのは、異なる宗教を信仰する人たちが一つのプロジェクトを作っている姿。お祈りの時間や食習慣の違いなど、多様な価値観を尊重する姿勢に心を打たれました。同時に、自分が持っていた宗教観への偏見にも気づかされ、反省したことを覚えています。

モデル時代の室井さん。美しい……

ーお話を聞いていると、色々な言葉や状況を受け入れる室井さんの柔軟さや素直さを感じます。

室井さん:そう言ってもらえるとうれしいです(笑)。ただ、モデルの仕事に関しては、楽しい反面、実力もないし向いてもいないと実感しました。「自分に向いていない仕事をすることは、こんなにも居心地が悪いのか」とわかっただけでも、私にとってはいい経験です。

「仕事の9割は人間関係」。野口さんの教えがチームメンバーとの付き合いに生かされている。

ー広告代理店にモデル、さまざまな経験を経て野口美佳さんと再会されたのが20代半ば頃なんですよね?

室井さん:はい。たまたま知り合いが紹介してくれることになり、野口さんに渡すためのレジュメを必死で書きました。もちろん、シワ一つないように服にしっかりとアイロンをかけて(笑)。

ピーチジョンのPRを勤めていた頃の室井さん

ーレジュメには何を書かれたんですか?

室井さん:自分がいかにピーチ・ジョンの海外進出に貢献できるかについて書きました。今となっては恥ずかしいですが……。あと、レジュメを渡す時に、「野口さんのところで働きたいです!」と伝えました。

ー野口さんの反応はいかがでしたか?

室井さん:「今、私のところにやる気のある子が来ているから、採用していい?」とその場で会社の担当者に電話をして、すぐに採用が決まりました。PRを任されたのは、野口さんに「あなた、多分PRが向いていると思うから、やった方がいいよ」と言われたからです。

ピーチ・ジョンで働いてわかったのは、野口さんは豪快さと繊細さの両方を持ち合わせていることです。たとえば、ミーティングで3つの広告案を提案しても、「これ!」と即決するくらい仕事において決断力が早いです。一方、社員が悩みを抱えていると感じたら、何時間でも話に付き合ってくれる。社員にとって、お父さんでありお母さんでもあるような存在です。

ー野口さんから言われて、印象に残っていることはありますか?

室井さん:仕事の9割は人間関係だよ」という言葉は、現在の自分のマネジメントスタイルに影響を与えています。H&MのPRチームには現在6名のメンバーがいますが、人間関係が悪くなると、新しいものを生み出す速度も質も悪くなってしまうと感じます。不仲に通じるような芽を見つけたら、話を聞いたり、当人同士で直接対話してもらう場を設けたりしています。

ー室井さんが一人ひとりをよく見ていることは、チームの方にも伝わっているような気がします。

室井さん:そうですね。すごく気持ちの良いチームだと思います。私たちはコミュニケーションを仕事にしているので、多少機嫌が悪くなるのは仕方ないとしても、それを外に出すのはプロではありません。H&Mのショールームにはさまざまな方が来てくれます。接し方一つで、ブランドのイメージダウンにも繋がりかねません。

機嫌をコントロールできないくらい落ち込んでいるのなら、仕事を休んだ方がいい。実際に、「今日は休んでリフレッシュして来たら。」と伝えたことがあります。

「これだ!」と思えるものに出会えた。

ー室井さんからは、自分の気持ちに正直に生きてこられた印象を受けます。今の20代の子にアドバイスはありますか?

室井さん:自分の直感を大事にするといいのかもしれません。たとえば、同じ講演を聞いていても、聞く人によって受ける印象は異なります。私の場合は、野口美佳さんのお話が心に刺さりました。気になったキーワードや人物を追いかけてみるのも良いかもしれません。

それから、20代で失敗を経験することも大事ですよね。私もモデルをしていたことは黒歴史だし土下座したいくらい恥ずかしいけど、あの経験があるから「これだ!」と思える仕事にも出合えました。

ー最後に、室井さんの今後の目標について教えてください。

室井さん:日本のお客様にH&Mの魅力をもっと知ってもらうことです。今後は、ファッション業界の環境への負荷を減らす取り組みを進めると同時に、モデルと障がい者施設とのイベントも企画しています。

ーファッションを通じた社会貢献にも力を入れるということでしょうか?

室井さん:その通りです。これまで夢中で仕事をしてきましたが、アラフォーになって自分の仕事の意味を考え始めました。私には3歳の息子がいますが、子どもに誇れる仕事は何かと考えた時に見えたのが「ファッションを通じて、さまざまな人が輝く機会を作りたい」ということ。ファッション業界には自由な人が多く、多様性を受け入れる感覚があります。私はこの業界にいる人がとても好き。だから、ファッションの仕事をしているのだと思います。

これまで直感を信じて突き進んでいたら、かつて目指していた国際協力に通じる仕事にたどり着きました。人生には、何一つ無駄なことなんてないのでしょうね。