みなさんは、自分の将来を考えるとどんな気持ちになりますか?キラキラしている人の姿を見ては、何だか自分だけ置いていかれているような気持ちになるなんてことも・・・。
「29歳までの道しるべ」では、現在いろいろな舞台で活躍する大人たちを取材し、彼らの20代のお話を聞きました。
いまだからこそ言える“少しでも人生を前に進めていくためのヒント”です。

大事なのは諦めない力とおもしろがる才能。 ー株式会社 ユナイテッドアローズ  栗野宏文さん

来年で創立30周年を迎える「株式会社ユナイテッドアローズ」。その立ち上げメンバーである栗野宏文さんは、創業当時から変わらず消費者の心を掴む商品企画やバイイングを行いながら、ハイセンスな着こなしを提案し続けている、言わばファッション業界の開拓者のような存在です。

日本のファッションシーンを引っ張ってきた栗野さんですが、仕事としてこの業界を選んだ理由は、「洋服が1番好きなものではなかったから」。一見、意外な回答ですが、それは自分に限界値を設けず、どこまでも自由にアイデアを広げ活躍するための“秘策”でもあったのかもしれません。10代の頃から変わらない、諦めない力とおもしろがる才能。それが、今でも、仕事や感性に留まらず、栗野さんご自身を無限に広げ続けています。

~19歳 本気で世界を変えたいと思っていた10代。

ー栗野さんが10代の頃は、どんなことに興味があったのでしょうか?

栗野さん:ファッションに興味を持つ以前に、最も大きな影響を受けているものが「音楽」なんです。それは、音楽を聴くだけじゃなくて、ミュージシャンの生き方だったり、歌詞の内容だったり、世の中に与えてきた影響だったり、全てなんですけど、中でもビートルズは小学校の頃から好きで、お小遣いでシングル盤のレコードを買い集めたりしていました。

彼らは音楽だけじゃなく、風俗的にも思想的にも世界中に影響を与えていて、私も中学生の頃はビートルズの髪型を真似していたものです。今考えればそこまで長髪ではないんですけど、当時は髪の毛を少し伸ばしているだけで不良扱い。

そうやって、悪いことはしていないのに学校の先生から抑圧されたことで、初めて社会に対する反抗心みたいなものが芽生えたのを覚えています。

ー徐々に、ヘアスタイルやファッションにもこだわりが?

栗野さん:当時から自分で着たい服を選ぶことって自己表現のひとつだったんですね。でも、学校には制服がある。みんなが同じ格好をするっていうのは、自分が自分らしく生きることに反するので、疑問に感じてしまって。

それで、高校生の時には制服廃止運動をやって、好きな服で学校に通っていましたね。何度も先生に呼び出されるんですけど、しぶとく私服で登校して。結局、正式に制服がなくなったのは、私が卒業した後でしたけどね。

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栗野さん:今思えばこの頃から、自分が正しいと思うことを発言したり、考えを行動に起こしたりすることをやりはじめていたんだと思います。

当時の時代背景として、日本では安保条約反対運動があったり、アメリカではベトナム戦争の反戦運動が行われていたりしている時期だったのもあって、私も反戦デモに参加したり学内で集会を開いたりして、高校生なりに忙しい日々を過ごしていました。

それらの運動に参加していることの根底にあったのは“正義感”だったのですが、「世の中を変えたい」と本気で思っていたことは確かです。世の中の既存価値に対する異議申し立てをしながら、簡単には世の中が変わらないっていう難しさも身にしみて感じた時代。

それを“挫折”と言う人たちもいたけれど、私は全くそうは思っていなくて。「簡単に世の中は変わらないかもしれないけれど、自分は常に世の中を変えるとか、少しでもよくすることにコミットし続けたい」という気持ちが強くなっていきました。その想いは、大学に入っても就職をしても、今でも変わらず持ち続けていますね。

ーそれって、「世の中を変えたい」っていうことに対して諦めてないっていうことですよね。

栗野さん:そうですね。しつこいんですよ(笑)。思い返せば、何かを諦めたことって今まで一度もないんです。一昨年に、今まで(ゲリラ的にやる以外は)誰も開催したことのなかった東京のストリートでのファッションショーを実現させることができたのですが、その時にもあらためて、「やれないことはない」って再確認しましたね。やれないことって、結局、やらないからできていないだけなんだと思います。

20代前半~ すべての原動力は「好奇心」

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ー大学を卒業されて就職を考えた時に、「ファッション」を仕事に選んだのはなぜですか?

栗野さん:大学時代は、レコード屋さんでアルバイトをしていて、4年生の時なんかは、仕入れまでやらせてもらっていたんです。店からは、そのまま就職してほしいって言われていたんですけど、あまりにも音楽が好きだったので、1番好きなことを仕事にすると行き詰まった時に救われないなって思ったんですね。

だから、自分が1番好きなことは取っておいて、2番目に好きな服を仕事にすれば、音楽でアイデアや救いを得ることになるだろうなと。そして、その通りになりました。

音楽によって得られたアイデアや感性、新しいモノの見方は、ファッションにも応用ができるんです。例えば、アフリカの音楽に興味を持って、そこからいろいろと調べたり、実際に現地に足を運んだりすることによって、アフリカの色彩感覚を知ったり。その土地だけでオリジナルの発展を遂げた文化に触れて、常識をぶっ壊していくことや異なるカルチャーを融合することのおもしろさを知ったりとかね。

音楽に限らず、映画やアートからもヒントを得ることは多かった気がします。それは、ヒントを得ようとしてインプットしているというより、純粋に刺激を受けたものがあったら、そのアウトプット先がファッションだったという感じです。昔から、「好奇心」が自分の原動力なんです。

ーファッション業界だと、最初は「販売員」からはじまることが一般的だと思いますが、栗野さんもそうだったのでしょうか?

栗野さん:新卒で入社したのは、当時、日本のアパレルの小売会社の大手。販売営業に加えて、バイヤーのアシスタント業務もやらせてもらっていました。そこを1年半くらい勤めた後、当時まだ無名だった「BEAMS」に合流して、そこでは11年間、販売員をやりつつ企画やバイヤーの仕事もしていました。そして、36歳の時に仲間と一緒に「ユナイテッドアローズ」を立ち上げました。

創業から20年は役員もやっていましたけど、実は、気持ちは変わらず「販売員」です。販売員の仕事って、モノの価値や良さをお客様に伝える仕事ですよね。私の中では、それを新卒の頃から今現在まで、ずっとやり続けている感覚です。

ー「バイヤー」の仕事はアパレルの中でも人気の高い仕事だと思いますが、この仕事に大切なのはどんなことだと思いますか?

栗野さん:バイヤーという仕事は、販売員的な感覚に加えて、直感力が重要視されます。私がこの仕事に必要なのは、「直感と勉強」という二つだと思っています。ここで言う「勉強」というのは、裏付けを取るということ。

直感的にいいな、きれいだな、と思った時に、そう思った理由をとことん探ることが大事です。その「なぜ」の部分を説明できるようになることは、そのアイテムの魅力をきちんと伝えることや、お客様に共感できるポイントを見つけていただくことに繋がっていくと考えています。

私は、「勉強」という意味でも、いいプロダクトを見たら、作っている現場を見に行ったり、職人さんに会いに行ったりします。それは努力というより、好奇心だと思うんですけど、常に、純粋にそのモノの背景に迫ろうという気持ちがあります。作っている場を見せていただくと、あらためてそのプロダクトの素晴らしさを感じるので、その感動をお客様にお伝えすることもできますしね。

長い間この仕事をしていて思うのは、心から思っていることでないと、人には伝えられないということ。売れそうだから、とかではなく、自分が欲しいと思うかどうか、ウィメンズのアイテムなら、自分が女性だったら着たいと思うかどうか。販売員もバイヤーもそうですが、その気持ちがいかに「正直」であるかって、とても大切だと思いますね。

20代後半~ 継続させるために、社会貢献をビジネスとして展開する。 続きは次のページへ