共同幻想と親密圏を壊し、再び紡ぐ 高校中退、ビジコン決勝、うつ病、NPO設立を経た大学生の軌跡(慶應義塾大学 石井 大智)

親密圏の重要さに気づかせたうつ病

アジアを中心に世界中を飛び回る石井君。しかし苦労もあったようだ

羽田

「今の僕にはここまでできない」ということは、石井くんは当時から変わっていったのでしょうか。

石井さん

「親密圏」に対する姿勢が大きく変わったなと思いますね。親密圏は政治哲学や社会学の用語でいろいろな定義があるのですが、とても簡単にいうと家族や恋人、友人など親密でお互いを大事にし合う関係性のことを言います。例えば私はSFCの学生ですが、私のことをあまり知らない人であれば私は「SFC生の一人」という集団の一要素にしか過ぎず、他の人間と置き換え可能でしょう。しかし、私に近い位置にいる人々にとっては「石井大智」という他の人間とは置き換え不可能な具体的な個人であるわけです。そういう関係性が築かれた場所を親密圏と呼ぶことにしましょう。

羽田

ふむ、その「親密圏」に対する姿勢が変わった、と。

石井さん

私はもともとイノベーションの邪魔になる親密圏はある程度崩壊すべきものだと思っていました。親密圏は不合理な共同幻想を創出し、個々人が自分らしく生きるのを妨げるからです。私は学部前半、友人や恋人とさえもある種の合理性を持って付き合おうとしました。結果私の周りに残った人は親密圏がなくともある程度一人で生きられる「強い」人ばかりでした。でも、同じように親密圏の不合理性を排除し続けた僕自身はそこまで「強い」人間ではなく、寂しさを覚えるようになりました。親密圏の不要論を言えるのはかなりの強者だけだということを実感したんです。

羽田

その過度の「合理性」から脱却し、親密圏にもう一度目を向けるようになった契機は何だったのですか?

石井さん

うつ病になってしまったことがきっかけですね。

羽田

うつ病……?

石井さん

はい、息ができなくなるほどのうつ病になった状態で韓国での交換留学を始めたのですが、その時支えてくれたのは知り合ったばかりの僕の友人でした。彼らは事あるごとに僕を食事とカラオケに呼んでくれました。彼らがいたからこそ僕は精神状況を安定させ、どうにかいろんなことに挑戦していけたのではないかと思います。
その後僕は香港大学に交換留学し、難民支援NGOでインターンをしました。難民ぐらい毎日が不安でいっぱいの人たちでもコミュニュティさえあれば他者とのコミュニュケーションを通して自分の生を実感でき、どうにか生きようとするわけです。親密な関係性は一見不合理に見えて人間を根本から支える重要なものだと気づくことができました。

親密圏を創出するために

石井君が関わる湘南台の学生寮。新たな親密圏構築への挑戦

羽田

親密圏がすべての起点だと実感したわけですね。

石井さん

自身の基盤となる親密圏がなくとも画期的なことに挑戦できる人はいます。一方でイノベーションの過程では多くの障壁にぶつかり、自分自身を喪失することもあるでしょう。多くの人はそうであり、その時に自分を支えてくれる親密圏が必要なのではないかと私の思考は変わっていきました。

羽田

そうなのですね。そうして思考が変化したことは石井くんの活動に何か影響を与えていますか。

石井さん

影響といえば、SFC近くで寮の運営を最近始めたことがその代表でしょうか。HLABというリベラルアーツをテーマにしたサマースクールを全国でしている組織があるのですが、そこのメンバーの一員としてクライアントの学生寮のコミュニュティ作りをしています。生活空間での自然な交流によって互いに学び合うことを目標にしています。これは多様な人々が集まった親密圏を再構築する試みなんですね。

羽田

「多様な人々が集まった親密圏を再構築する」というと?

石井さん

今多くの社会学者がSNSの発達により親密圏の中身が均質化していると言っています。昔の家族や近所関係による親密圏の中には様々な世代の様々な考えの人が含まれていました。しかしSNS上で目にするのはそのユーザーと趣向や価値観が比較的近い人とがより多くなるはずです。そうすると私たちの親密圏は均質化してしまい、他の価値観の世界との分断が大きくなってしまいます。

羽田

おお、SNSっていろんな人と繋がれると思いきや、実は自分と似たような人が集まってくる、と。面白いですね。そして石井君の関わっている学生寮は多様な学生のリアルなコミュニュティを作る場であるということですね。

石井さん

寮には様々な大学の様々な背景の学生がいます。生活空間であれば自然と食事や休日に時間を共有することになります。そこでお互い居住者として自然な交流が生まれるように日々試行錯誤しています。

思考の変化と目指す研究の姿

香港でのカンファレンスでカンボジアの僧侶と。今後は香港が彼の活動の拠点となる

羽田

ここまで石井くんの思考の変化を追ってきたわけですが、それを踏まえてどうして大学院に進もうと思ったのか教えてくれれば。

石井さん

ここまであまり研究の話をしてきませんでしたが、私は大学進学に伴う国際的な人口移動の研究をずっとしてきたのでそれを続けようと思ったからです。香港にしたのはたまたま待遇が一番良かったからですね。まあ、授業を受け持たないといけないのですが。
そもそも、私の活動は一貫して何かを「達成する」ためではなく「知る」ために行なっていて、特に人間の内面と共同幻想の関係性、特にマジョリティーが作り出した社会の共同幻想とぶつかるマイノリティーに関心を持ってきました。

羽田

そういうマイノリティーというのは例えば留学生ですか?

石井さん

学会のメンバーやプロのリサーチャーとしては彼らを主な対象としていますが、日常的な調査レベルではもっと様々な人々に焦点を当てるようにしています。例えば高収入の外銀女子は「女子は自分より収入の高い男子と結婚しないといけない」という観念とどう向き合っているかとか。1年生の頃には様々な新興宗教の青年会にも出入りしてましたね。親密圏が関わる文化人類学を色々やっている感じでしょうか。

羽田

そういう研究や活動に一貫している石井くんの姿勢って何かありますか?

石井さん

制度やラベル、事実関係など表象的なものだけではなく、人間の内面と常に向き合う研究者や実践者であろうと努力しています。例えばセックスに明け暮れる女子大生についてその過去の出来事と安易に接続して、傷ついた自分をさらに傷つけるリストカットと同じではないかという研究者もいるのですが、それが正しいかは相当彼女の内面と対話していかないと分からない。彼女自身も自分の語りが正しいか分からないのですから。そういう内面を引き出していくには今後自分を精神的に成熟させるしかないですね。

羽田

なるほど。共同幻想、親密圏といろいろな社会学用語が出てきましたが、最後は個々人固有の内面に関心があるということなのですね。なんとなく石井くんのことが分かった気がします。今日はありがとうございました!

※本記事における石井さんの発言は個人としての発言であり、いかなる所属組織を代表したものでもありません。

取材後記

自分が所属している組織の風習やルールに違和感や疎外感、孤立感を感じたことがある人は多いだろう。ただ、たいていの場合は「そういうものだ」と自分を言い聞かせ、じっと耐えているのではないだろうか。私事だが、僕も高校時代くらいからずっとそうした疎外感を感じ続けて生きてきた。大学生の頃には「合わないものは合わない」と割り切って生きてきたが、ふっとした時に寂しさや疲労感を感じる事があったものだ。

石井君も紆余曲折を得ながら「共同幻想の破壊」から「親密圏の構築」へ転換した。使っている言葉は難しいが、多くの人が体験するプロセスなのではないかと思う。

もしもあなたが、今現在所属している組織やコミュニティに窮屈な事を感じていたら、「共同幻想」を疑いつつも、「親密圏」を感じられる人の存在を改めて思い出してほしい。そこでパワーをもらって、また新しい一歩を進むことが出来るはずだ。
取材・執筆:羽田啓一郎(twitter:@khata0821

PAGE TOP