喜多恒介のその後。


2015年3月、東京大学を卒業する直前に、大学生活を振り返る形で喜多君を取材した。様々な企業、学生をつなぎ、大学生としては規格外の活躍をしていた喜多君。その後は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、いわゆる“SFC”の大学院に進学。そんな彼だが、この夏からトビタテ留学ジャパン5期生として海外に旅立つという。
この一年半、彼は何を行い、何を考え、そして一体今、彼は何をしに海外に旅立とうとしているのか。久々に会った彼は、よりスケールが大きく、強くなっていた。

ソーシャルキャピタルを学び、自信は確信に

ダボス会議、G-1カレッジ、起業、と彼がこの1年間で携わってきたプロジェクトを並べる事は簡単だが、それだけではただの「活動的な学生」で終わってしまうだろう。そうした一般的なカテゴリで語る事に意味はない。なぜなら彼は、”喜多恒介”としてでしか表現できない、他にはいない存在となっていたからだ。

それくらい、一年ぶりに会う彼は「別次元に強く」なっていた。その変化の理由の一つが彼が大学院で学ぶ学問だという。「これまで試行錯誤しながら活動してきて、自分の中で漠然と感じていたことが正しかったんだな、とソーシャルキャピタル、信頼の構造、U理論、ネットワーク理論といった分野の学問を学んで自信が持てました」と語る喜多君。従来の資本である「お金」だけでなく、思想やノウハウ、情や信頼といったものも「資本」とみなすのが、ソーシャルキャピタルの考え方。
「そうしたものが特定の人や組織に固定されるのではなく、循環していくような社会を目指しています。信頼をベースに、人から人へあらゆるものが繋がっていく。これまでもやってきたことではありますが、今までは僕の感性の中でやっていました。学問として勉強している中で、これまでの経験や知見が体系化され、よりクリアになっていった感覚があります」。

「運命」を提供することで、社会を良くしたい

そういう意味では、大学院に進んだことで彼の本質が変わったわけではない。前回のインタビューでも書いた通り、これまでの喜多恒介は、「大学生」という存在に真摯に向き合い、自らも大学生であり続けることによって当事者であり続けた。一方、“学生”の持つ可能性と現実の壁にもがき苦しんできた。
しかし大学院で学問として「人と人とのつながりで社会をより良くすること」を学び、更に深化し強固になったことで、次のステージに進むことができるようになったと言える。「僕が目指す世界は全く変わりません。社会全体でお金や信頼など様々な価値が循環していく仕組みが作りたい。そしてこれからの社会を担うのは今の学生です。だから、まずは学生のキャリア支援を通じて、そういう世界観をつくることを、やりきりたい」。

彼は理想を形にするためにキャリア支援団体「En-courage」に参画。日本全国に支部を展開し、各所で就活・キャリア支援を行なっている。学生一人ひとりに最適な就職先やキャリアプランを提案しているのだ。「僕がやりたいことは、「運命」を提供することなんです」と喜多君は言う。「“運命の出会い”は偶然ではなくてちゃんと理由があるはず。人はそれぞれ、固有の経験とその結果によって生ずる能力や適性が本来的には一人一人の中にあるはずなんです。だから本来的には、“運命の出会い”は見えないだけで、そこにある。僕はそれを言語化して可視化して、一人一人に適した成長の機会や、人生の大事な選択肢を提供したい。その積み重ねで、日本全体をよくしたい」

「僕がいなくなる世界」

彼の言うことは理屈はわかる。ただそれをどう実現するのか。喜多君一人で導ける人数なんてたかが知れているはずだ。「世の中のあらゆる科学技術は、曖昧としたものを可視化してきた歴史だと思っています。金融だと金融工学、経営の世界だったら経営工学みたいな。僕は、人の「運命」や「縁」といったものをある程度言語化できると思っているし、可視化したい。手前味噌ですが、人のどこを見ればその人にぴったりと合うファーストキャリアに導けるか、といったノウハウが僕の中ではかなり確立されています。まだ開発途中ですが、僕がこれまで溜め込んできた知見をAIで再現したい。究極、僕なんていなくても、人のキャリアがうまく選択されていく仕組みを作りたい」

大学時代、喜多君がしていたことはあくまで「期限付きの活動」でしかなかった。そして今はそれを「事業化」している。事業にする、ということは仕組みにする、ということだ。喜多君がやりたいことは、まさにこれから大きく動き出すのだ。

この夏、彼は東南アジアを回る旅に出る。
「学生だけで活動していても、学生を取り巻く環境や仕組みは変わらない。やはり、大人や社会を巻き込まないといけないんだと痛感してきました。それと同じで、日本を変えるならば世界を見ないといけない」。あくまで彼の起点は日本にある。そしてこの先、彼は一体どこに向かうのだろうか。「今、大学院2年ですが、留学した後にまた休学するか、博士に進むか、それはまだ決めていません。でも、東京五輪がある2020年までは学生でい続けますよ。その先は、まだ何も決めていません(笑)。」

(取材/執筆:羽田)

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